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凍てつく夜。 吐く息は白く舞い上がって暗闇にふわりと溶けた。 「寒い……」 人気のない夜の並木道は車も滅多に通らずにシンとしていた。 感情に流される余りスニーカーを履き忘れ、常夜灯が照らす歩道をとぼとぼと歩む式部の足先は靴下しか着用していなかった。 上着もマフラーもない。 寒がるのも当然だろう。 ……手が痛い……。 見知らぬ場所で行くあてもなく一人彷徨っていた式部は利き手を顔の前に掲げた。 ジンジンと痛む赤くなった掌。 先程の自分の振舞を脳裏にありありと蘇らせた。 小さいときに僕のことを散々からってきたお姉ちゃんだって、宇野原や北だって、叩いたことなんか一度もなかった。 初めて人を叩いてしまった。 隹川のほっぺたを……。 「う」 またぶわりと涙が込み上げてきて式部は何度も目許を拭った。 性質の悪い賭けごとの景品として勝手に選ばれて身も心も弄ばれた。 怒り、悲しみ、淋しさ、裏切られた気持ちでいっぱいになって正気を失った。 直球なる激情を隹川にぶつけたことに罪悪感がみるみる溢れてくる。 不信感も湧くだけ湧いてジンジンと疼く掌よりも胸の奥の方が痛くなってきた。 人に暴力を振るった自分が許せない……。 隹川が僕を平気で陥れたのも信じられない……。 阿羅々木や繭亡のことも……。 もしかして、あのベッドで、女の子をシェアしたんだろうか。 「来なきゃよかった」 止まらない涙を必死になって拭いながら式部は心から後悔した。 これからどうしよう? どこへ行こう? 別荘には絶対に戻りたくない。 でも野宿するわけにもいかない。 そもそも野宿の仕方がわからない……。 今、何時なんだろう、このままじゃあ確実に体調を崩しそうだ、スニーカーも履いてないし……今、後ろから来ている車の運転手に不審者だって思われたらどうしよう……。 「どうしたの?」 式部はどきっとした。 歩道に横付けされた、コンパクトなドイツ車の運転席から顔を覗かせた相手を恐る恐る見やった……。 「まさか式部相手にゲスいにも程がある胸クソ悪いシェアごっこしたんじゃないでしょーね?」 隹川が広間に降りると、別荘一階から直接行き来のできる地下ガレージについ先程まで隠れていたセラと鉢合わせになった。 「ここに来てからずっと縮こまってたあの式部が? 呼び止める暇もないくらいの勢いで外に飛び出して? それに泣いてたみたいだし? どーいうこと?」 「縮こまってたのはお前が女装させたからだろ」 「あ、兄貴、そのほっぺたどーしたの……!?」 セラの背後には獅音もいた。 一足遅れて繭亡と阿羅々木も広間に降りてきた。 「おい、待て、勝手なことすんじゃねぇ、阿羅々木」 コートも着ずに式部の後を追いかけようとした阿羅々木を隹川は乱暴に呼び止める。 「お前らはここにいろ。探しにいくのは俺一人でいい」 「は? みんなで手分けして探した方がすぐに見つかるでしょ?」 「お前のソレ、貸せ」 「嫌! アンタには何一つだって貸したくない!」 ソファに脱ぎ捨ててあったミリタリージャケットを羽織り、隹川は、セラの肩にかかっていたストールを分捕った。 「もしものことがあったら連絡してくれ、隹川」 繭亡は探しにいくどころか心配する素振りすらゼロ、キッチンでミネラルウォーターをゆったりと飲んでいた。 「中学生のクセに体力ねぇからな、アイツ。ガス欠にでもなってその辺でへばってんだろ」 「今の外見なら連れ去りの可能性もあるかもしれないがな」 「……やっぱり心配よ、私も行く」 「兄貴っ、俺もついてく!!」 隹川は同行しようとしたセラと獅音を片手で制した。 玄関ホールで沈黙していた阿羅々木を追い越す際に「もしものことが起こったとしても、それはお前のせいじゃねぇ、安心しろ」と正面を見据えたまま言い切る。 「アイツに何かあったら全責任負うのは俺だ」 残されたままの式部のスニーカーに一瞬だけ目を留めて凍てつく夜に身を投じた。

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