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短い冬休みが終わった。
隹川の通う高校では一月から三年生は自由登校となっており、よって三学期の始業式後、隹川は学校に一度も登校していなかった。
「阿羅々木、向こうでは寮に入るのかよ?」
一月半ば、図書館に併設しているカフェのテラス席。
隹川は同じく自由登校となっている繭亡、阿羅々木と穏やかな午後を過ごしていた……はずだった。
「ああ。もう申し込んだ」
九月からアメリカ北西部にある二年制大学・コミュニティカレッジで人類学を専攻し、卒業後は四年制大学へ編入する予定の阿羅々木に隹川は尋ねる。
「一人暮らしか? シェアか?」
「オンキャンパスの寮に住む。一人部屋だ」
「バイトしてるって言ってたな、お前、愛想ないのに」
「カフェの給仕だ。スタッフや客に外国人が多い。日常会話の予習になる」
「へぇ」
「愛想ないのに、は余計だ、隹川」
隹川と阿羅々木の会話を聞いていた繭亡はクスクス笑った。
「そもそも、なんでアメリカなんだよ?」
「日本を出たかった」
「はっ。それだけの理由で渡米か」
ブラックコーヒーをすでに飲み終え、一人掛けのイスの背もたれに背中を預けて英文のテキストに目を通していた阿羅々木は、特に何も言わず。
「淋しくなるな」
モカコーヒーを上品に飲んでいた繭亡が口を開いた。
「一気に二人ともいなくなるなんて」
日当たりはいいものの、冷たい風が吹き抜けていく屋外でアイスコーヒーをがぶ飲みしていた隹川は「嘘くせぇ」と一笑した。
三人は幼馴染みだった。
小学校まで同じ、中学以降はそれぞれ違う学校へ進んだが、一時期は随分と爛れた放課後を共有したものだった。
「一番の不安は飯だな」
「スーパーで日本食くらい売っているんじゃないのか?」
「向こうで買うと何かと高くつくんだよ」
「ふぅん」
「お茶漬けの素とインスタントのみそ汁、買い込んでいくか」
アウターを着込んだまま話をする男子高校生二人、我関せずテキストを読み続ける一人。
テラス席にちらほらいる女性客や従業員の注目を密かに集めていた。
「二人のどちらか、携帯が鳴ってる」
白ニットにグレーブルーのチェスターコートを合わせた繭亡が交互に二人を見る。
長い髪を巻き込んで黒いマフラーを巻いた阿羅々木は微動だにせず。
ファーフードつきミリタリージャケットのポケットからスマホを取り出した隹川は無表情に画面を見据えた。
「また獅音か? 夕食のリクエスト受付か」
繭亡の問いに隹川は答えなかった。
未登録の番号からかかってきた電話にその場で出た。
「隹川、来るな……!!」
鼓膜に飛び込んできた式部の声。
斜め向かいにいた阿羅々木は躊躇なくページから視線を外し、隹川を見やった。
式部の声はすぐに遠ざかり、次に聞こえてきたのは下卑た哄笑、そしてかろうじて聞き覚えのある男の声だった。
「隹川……っ……来ちゃだめだ……」
機嫌のよさそうな男が得意気に出してきた要求に耳を傾けつつ、哄笑に紛れそうな式部の声を、隹川は一言一句だって聞き逃さなかった。
「女のコだったらさぁ、こっちもいろいろ楽しめたんだけどね?」
上機嫌な電話相手にそう言われて恋人を奪われた彼は反射的に答える。
「式部に手を出したら殺す」
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