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「式部が拉致られた」
通話を終えた隹川が告げれば繭亡は「それは可哀想に」とわざとらしく同情し、阿羅々木は電話をかけてきた相手について問うた。
「誰が拉致した」
「本人いわく俺に女を寝取られた被害者だと」
「ふふ、自業自得という言葉がこんなにもぴったりあてはまる由々しき事態があるとはな」
銀朱色の唇を三日月のかたちに歪めて繭亡は他人事よろしく憫笑する。
隹川は不機嫌になるでもなく「お前も寝取られに加担した一人かもしれねぇがな」と冷静に意見した。
「耳障りな声で思い出した。前にもクラブでケンカをふっかけてきた連中だ」
「ああ……父親が土地持ちだとかで派手に騒いでいた大学生か。恋人を寝取られて粉々になった陳腐なプライドを拾い集めるための復讐かな。いたいけな男子中学生を人質にとって。馬鹿馬鹿しい」
「隹川のせいだ」
阿羅々木は断言する。
「隹川とかかわったせいで式部がこんな目に遭う」
断言された隹川は不敵に笑う。
「俺と出会った式部が悪い。こうなったのはアイツ自身のせいだ」
とんだ責任転嫁を口頭で披露してみせた後、立ち上がった。
不届き者に対して噴き上がる殺意を腹底で食い止めている幼馴染みに繭亡と阿羅々木は注目する。
「行ってくる」
「どこへ?」
「寝取られ野郎の父親が所有してるビルの屋上で今からパーティーだと」
「警察に連絡するのが一番手っ取り早い」
「それが一番まだるっこしい」
「ひどいな、人がせっかくアドバイスしてやっているのに」
「ご丁寧に向こうから招待してくれたんだ」
ーー式部を迎えにいかねぇと。
繭亡との会話を切り上げ、財布から引っこ抜いた千円札を丸テーブル上に残し、隹川は歩き出した。
「俺も行こう」
マフラーの先を翻してついてきた阿羅々木をチラリと顧みる。
冬休み、凍てつく暗闇へ式部が迷い込んだ夜、捜索に同行しようとした友人らを足蹴にした隹川だが。
「勝手にしろ」
今回は四の五の言わずに受け入れた。
「式部が不憫でならない」
「そうだな、可哀想の塊だ、アイツは」
平然と軽口を叩き、安穏としているようで、隹川の鋭い眼は頑なに殺気立っていた。
「お前が誰か殺せば式部も目が覚める」
「誰が屑のために罪なんざ犯すか、さっきは勢いで口走っただけだ、阿羅々木」
「それはいいな、一度でいいから隹川が誰かを手にかけるところを見てみたかった」
「悪趣味な冗談ぬかすな、繭亡」
会計を済ませた繭亡もすぐに追い着き、隹川の隣に並んだ。
あながち冗談というわけでもなかった。
自分のオモチャを掻っ攫われて激昂し、怒り狂う暴君の姿を見てみたいと、繭亡は切実に思った。
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