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繁華街の脇道に入ったところで式部は車を下ろされた。
免許をとったばかりである初心者の運転手は近場のコインパーキングを目指し、共に下りた三人に囲まれるようにして真正面のテナントビルへ。
地上六階建て、一階には不動産会社、頭上の壁面には複数の消費者金融の看板がかかっていた。
ビルの中へ進み、不動産会社の入り口横に設置されたエレベーターは使用せずに、手摺つきの階段を上る。
「あ……」
手錠をかけられた手では持ちづらく、蛍光灯が照らす階段の途中で式部は鞄を落としてしまった。
「仕方ないなぁ」
私大の経済学部に在籍、冬の短期インターンシップと学業を器用に両立させている三年生の早坂 は鞄を拾い上げた。
「うわ、重た」
「……」
「式部くんは勉強熱心なコなんだねー」
早坂は電話で隹川が口にするよりも前に式部の名前を把握していた。
「隹川を呼び出して、どうするつもりなんだ……?」
鞄を小脇に抱えて斜め前を行く早坂に式部が問いかければ。
「こーら、年上には敬語だろーが」
後ろから軽く頭を叩 かれた。
びっくりした式部が振り返ると今度は頬をパチンとやられた。
「ッ……」
「あー、だめだって、それは弱い者いじめ。インターン先の社員にいびられてるからって、か弱い中学生相手にストレス発散は野蛮じゃない?」
「はいはい」
早坂にそう返事をしながらも、キャップをかぶった男はまた式部の頭を叩 いた。
「その社員に雰囲気似てるんだよなー、こいつ。だから、なんかむかつく」
「だからって弱い者いじめはよくないよ。可哀想でしょ」
「こんなのに手ぇ出すとか、隹川サマの価値観って謎すぎる」
「ロリコンってやつ?」
「男の場合はショタって言うんじゃ?」
「きもいきもい、きもすぎる」
「女はとっかえひっかえ、それで本命は男子中学生? アイツの頭だいじょーぶ?」
「きもちわる」
式部は立ち止まった。
「隹川のこと悪く言うな!!」
隹川をこぞって貶す三人全員に腹が立ち、込み上げてくる怒りに従ってその場で声を張り上げた。
「は? なにこいつーー……」
式部にちょっかいを出していたキャップ男が不愉快そうに顔を顰 めて拳を握ったとき。
上から人が降りてきた。
「あ、すみません、どーぞー」
早坂に片腕を掴まれて式部は壁際へ引き寄せられた。
消費者金融の利用客は、手元を隠されているわけでもない男子中学生の手錠に一切気づかずに、階段をそそくさと駆け下りていってしまった。
緊急事態を訴えたかった式部だが。
キャップ男に鳩尾を殴られて呼び止めることは叶わなかった。
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