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ーーこんなのうそだーー
「小さい頃、ゲーセンでやってみたかったゲームがあって」
缶ビールの半分近くを飲まされ、意識が浮遊しそうになっていた式部は、目の前で起こった出来事に否応なしに正気を取り戻した。
「今もあるのか知らないけど。マシーンを殴ってパンチ力を計測するゲーム」
最初はぼんやりしていた視界。
雑踏のノイズが四方から押し寄せてくる中、早坂の浮かれた声が聞こえてきた。
「隹川くん、そこに立って、じっとしてて?」
……隹川、いつ来たんだろう。
……何してるんだろう?
「オレのパンチ力、計算してみて」
慣れない苦味に咳き込み、俯きがちでいた式部は、いきなり強引に顎を持ち上げられた。
「ほら、ちゃんと見てろって、彼氏が殴られるとこ」
先程から低レベルな行為を繰り返す和久井に後ろから頭を掴んで固定され、何度も瞬きする。
あ。
隹川だ……。
次の瞬間、式部の視線の先で隹川は殴られた。
抵抗を放棄した高校生の腹に早坂の拳がめり込んだ。
「え」
式部は目を見開かせる。
ベンチに座っていた、立って酒を飲んでいた大学生らはどっと盛り上がり、和久井は意気揚々と声を張り上げた。
「早坂!! 隹川くん余裕で立ってんじゃん!! ださすぎ!!」
「あーもう、和久井の奴、うるさ……いてて……隹川くんのお腹、頑丈すぎ……オレの手が折れそ……」
直立不動というわけでもなく、俯いた隹川の前で早坂は大袈裟に片手を振り回す。
「ふーん、人殴るのってこんなかんじなんだ……こっちも痛いけど、うん……割と楽しいかも」
俯いて表情がわからない隹川を凝視し、式部は、溢れ出しそうになる涙を懸命に堪えた。
「パンチがむりならキックでいってみれば!?」
「ッ……嫌だ、そんなことしないでくれ!」
切なる叫び声を聞き届けてから早坂は隹川の腹を蹴り上げた。
よろけ、さらに深く俯いた隹川は、それでも倒れなかった。
式部は言葉を失った。
心臓が引き千切れそうになる。
同調して自分自身の痛みもぶり返した。
「あれ、中学生くん、もう酔いさめちゃった?」
形振り構わず駆け出そうとした式部を引き留め、和久井は、飲みかけの缶ビールをまた強引に飲ませようとした。
「嫌だ!」
抵抗した式部の手がぶつかって足元に転がった缶ビール。
和久井は露骨に苛立った。
ポケットに一旦仕舞っていたナイフを取り出す。
細腕を掴み直して乱暴に引き寄せ、刃を引き出して、脅しのために振り翳そうとーー
「触るな」
隹川は顔を上げた。
眼光をより鋭く研ぎ澄ませて数メートル先の和久井を真っ直ぐに見据えた。
「式部に触るんじゃねぇよ」
「ッ……あのなぁ、自分の立場わかってーー……」
今にも暴走しそうな殺意を寸でのところで腹底に閉じ込め、惜しみなく殺気立つ隹川は。
式部の腕を離んだまま硬直している和久井に尋ねた。
「アンタ、そんなに俺に殺されたいのかよ?」
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