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「あーもう、せっかくのパーティーなんだからケンカしちゃだめだって」
有頂天でいる早坂は隹川の険悪な雰囲気をものともせず、ベンチのそばで式部を捕らえている和久井を注意した。
「……早坂、オレにも殴らせろよ、そいつ」
「和久井は式部くんのお守り係でしょ、そのために大事なナイフ貸してるんですけど?」
三本目の缶ビールを開け、屋上の出入り口の方へ視線を向ける。
「隹川くんのオトモダチ見習いなよ、下手に介入してこないで静観してる、偉くない?」
早坂の言う通りだった。
幼馴染みが殴られ、蹴られても、繭亡と阿羅々木は加勢せずにじっとしていた。
『阿羅々木も繭亡も余計な真似するな』
二人を押しとどめた後、隹川は僅かに振り返り、視線は交えずにその言葉を残していった。
『頼む』
滅多にない彼からの懇願だった。
それからの展開も隹川に実に似つかわしくなく、繭亡も阿羅々木も目を疑うばかりだった。
「次にパンチしたい人、手ぇー、挙げてー!」
繭亡は無性に苛立っていた。
耐え難い不快な茶番に吐き気がした。
こんなもの見たくなかった、これは隹川じゃない、そう思った。
「ッ……ほんとだ、隹川くんのお腹カチカチじゃん……!」
「パンチだとコッチもダメージあるからキックがいいなー」
阿羅々木は初めて見る姿にただただ驚かされていた。
あの隹川が一方的に打撃を受け続け、反撃しないでいることが信じられなかった。
「そっか、そーだよなー」
見る間に暮れていった空。
冷え込みが増して寒がるどころか、甘味なる復讐に興奮して体中熱せられている早坂は缶ビールを傾けながら言う。
「貧弱なオレらじゃあ、ケンカ慣れしてる隹川くんに太刀打ちできないの、当たり前かー」
ナイフを携える和久井に羽交い締めにされた式部は。
隹川が痛めつけられるのをずっと見ていた。
肝の据わっていない大学生らは顔を敬遠して主に胴体に狙いを定めており、今、彼は腹部を押さえて深々と項垂れていた。
隹川、ごめん。
全部、僕のせいだ。
「いい加減、立ちっぱで疲れたよね?」
暴君と化すに違いないと踏んでいた式部や幼馴染みの予想を裏切り、無抵抗で耐え抜いている隹川に早坂は命じた。
「跪いて?」
あっという間に空にした三本目の缶を投げ捨てて会心の笑みを浮かべる。
「土下座してオレの靴にキスしろ」
式部は愕然とした。
命令に忠実に、躊躇うことなくその場に膝を突いた隹川の姿に胸が潰れそうになった。
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