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手のつけられない殺意が噴き上がる。 抑え込んでいた分、より凶暴化し、()け口となる標的を欲する。 すでに照準は定めてある。 隹川は一切の躊躇もなしに動いた。 視界の中心に和久井を捉えて前進する。 途中、落ちていたナイフを素早く拾い上げた。 「ひ……!」 隹川が向かってくるのを和久井はただ見ていることしかできなかった。 容赦なく放たれる殺気に射竦められて逃げ出すことも叶わない。 他の大学生も同様であった。 仲間が手にしていたときはそうでもなかったが、隹川がナイフを持つと紛れもない凶器としての現実味が増し、恐怖を覚えた。 街明かりの滲む宵闇に吐き散らされる白い息。 手元の刃に匹敵するほど鋭く光る眼。 たった今まで暴力行為の的にされていたというのに、苦しむ様子など微塵も見せない隹川は、腰が抜けてしまった和久井の真正面に立った。 何も言わずにナイフを振り翳す。 獰猛な本能に(そそのか)されるがままーー 「だめ」 隹川は。 「だめだよ」 自分と和久井の間に入ってきた式部を見下ろした。 「式部」 「絶対、だめだ」 必死の思いで立ち上がり、倒れ込む勢いで飛び出してきた式部は、頭上にあるナイフ越しに隹川を見上げた。 「そんなもの危ない、隹川」 「危ねぇのはお前だ」 隹川は不恰好にしゃがみこんだ和久井から取り返すように片腕で式部を抱き寄せた。 「いきなり飛び出してくるな」 「うん」 「心臓が止まるかと思った」 卑劣な拳や靴底を受け止めていた体に触れて、式部は、泣きそうになった。 「泣いてんじゃねぇよ」 「ッ……泣いてない」 痛みを与えないよう、おでこだけ、隹川にちょこんとくっつけた。

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