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人質だった式部を隹川に奪還され、あっという間に形勢が逆転し、劣勢になった大学生らは一斉に顔色を悪くした。
「人質、奪われちゃったんですけど」
「なんかやばいんでない?」
先程の隹川の迫力に完全に圧倒されて反撃に出るのもままならず。
当の隹川が式部にべったり構っているのをいいことに、屋上から逃げ出そうと、次々と出入り口へ向かう。
ドアの前には繭亡と阿羅々木がいた。
端整な顔立ちをした見目麗しい繭亡に、188センチという長身長髪の阿羅々木に無表情で見据えられて年上の彼らは及び腰になる。
「どうぞ」
繭亡が横へ退くと、罰が悪そうにそそくさと二人の間を擦り抜け、重たいドアを開けて階段を駆け下りていった。
白けきった眼差しで寡黙に見送っていた繭亡だが。
床に倒れ伏している早坂を起こそうとしたサークル仲間にはすかさず言い放った。
「主催者 にはクレームがあるから残していけ」
命じられた大学生のみならず、隹川の懐におさまっていた式部もビクリと震えるほど、恐ろしく冷えた声だった。
「隹川、ナイフを貸せ」
「ッ……繭亡、何をーー」
式部が止める暇もなかった。
隹川が一旦折り畳んで投げたナイフを空中でキャッチし、刃の部分を引き出した繭亡は、這い蹲っていた早坂を足で無下に引っ繰り返した。
「こんなに胸糞悪いパーティーは初めてだ」
そう言って竦み上がった体に馬乗りになるや否や、無様に引き攣る顔に一直線にナイフを振り下ろした。
「ッ……!!」
隹川の傍らで式部は驚愕する。
繭亡が早坂の顔にナイフを突き立てたと、あまりの残酷っぷりに大いに混乱した。
「す、隹川、繭亡が人を刺した、しかも顔を、ど、どうしよう」
「よく見ろ、式部」
「え……?」
てんぱっていた式部は隹川に肩を強く抱かれてやっと気がついた。
「……ひ……ぃ……」
ナイフの切っ先が早坂の眼球寸前で止まっていることに。
「そうだな、このナイフはお前にはまだ早いようだから、宝箱にでも仕舞っておくといい」
あからさまな嘲笑を浮かべ、繭亡は、凍りついている早坂の胸元に折り畳んだナイフを放り投げた。
「不愉快で下らない茶番をどうも、隹川」
「俺に言うな、俺は招かれただけの客人で被害者だろうが」
隹川がそう言えば繭亡は肩を竦め、床で頑なに凍りついている早坂から離れ、屋上を一人出ていった。
「肩を貸す、隹川」
いつの間に自分達の背後にいた阿羅々木に式部はびっくりする。
「お前にはこれを」
大振りのマフラーを丁寧に巻かれた後、手錠の鍵を見せられて、さらに驚いた。
「どうして阿羅々木が鍵を持っているんだ?」
「アイツに聞いて、アイツが持っていたから、もらった」
「……和久井って人、どうして寝ているんだろう、さっきまでブルブル震えていたはずなのに」
「少し絞めた」
「しめた?」
繭亡が凶行スレスレの行為に及び、式部がそちらに気をとられていた短い間。
自分が半分子どもだと認識している少年が傷つけられ、見逃すことなど到底できず、阿羅々木は和久井に速やかに制裁を加えた。
有無を言わさず背後から締め上げて頸動脈を圧迫し、少しばかり意識を遮断した、わけだ。
「もういい、あんな屑放置しとけ、行くぞ、式部」
「だから、肩を貸す、隹川」
「借りねぇ。一人で歩けるし、いざとなったら式部に背負ってもらう」
「……僕が? 僕に隹川を背負えるだろうか……?」
阿羅々木に手錠を外してもらった式部は困り顔で隹川を見上げる。
身を挺してナイフの前に立ち塞がった男子中学生。
和久井を庇ったというよりも隹川のために。
罪を犯さないよう、その人生を守るため、自ら進んで一生を棒に振る過ちの防壁になった。
「お前なら楽勝で背負えるだろ」
「重たすぎる」
年下で華奢ながらも頼もしい恋人と隹川は寄り添い合う。
カフェテラスで電話に出たときから、夥しい殺意でずっと激しく渦巻いていた自称悪魔以上男子の腹底は、ようやく凪いだ……。
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