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「隹川はケンカ慣れしてるのか?」 「なんだ、突然」 「そう言われていたし、蹴っ飛ばし方が様になっていた」 「蹴っ飛ばし方、か」 「繭亡だってナイフの使い方に慣れてるみたいだった」 「家が病院でメスとか鋭い刃物に耐性あるんだろうよ」 「阿羅々木も、あの大学生を失神させたんじゃないのか?」 「あれは和久井っていう名前の屑が勝手に失神したんだろ」 今、冷静になって思い返してみれば。 隹川達は場慣れしている様子だった。 三人で女の子をシェアしたり、ケンカに慣れていたり、隹川の奔放さには参ってしまう……。 「その十字路を左に曲がってもらえますか」 助手席に座っていた繭亡がタクシーの運転手に指示を出す。 繁華街から十分ほどかけて移動し、閑静な住宅街を走行して目指す先は繭亡が一人で暮らすマンションだった。 テナントビルを出た後に「お前の部屋で休憩させろ」と隹川に強請られて「式部を連れてその辺のホテルにでも入ればいい」と繭亡は素っ気なく回答していた。 が、結局はタクシーに乗って幼馴染みを自宅へ、阿羅々木はともかく存在を疎んじている式部まで招いていた。 「僕はよかったのに……」 「満身創痍の恋人を置いてくのかよ、薄情な奴」 「ッ……やっぱり痛むのか?」 「おら、痣だらけだろ」 「ッ……タクシーの中で服なんか捲っちゃだめだ!」 隹川がミリタリージャケット下のインナーを捲り上げ、赤面した式部は打ち身の痕で赤くなった腹を直視できずに、顔を背けた。 反対側には阿羅々木が座っていた。 式部の鞄を膝に乗せ、繭亡と同じく、スムーズに流れゆく見慣れた景色を意味もなく眺めていた。 「わぁ」 男子高校生の一人暮らしとは思えない、綺麗に片づけられた、白を基調としたシックなワンルームに式部は感嘆した。 「ドラマに出てきそうな部屋だ」 「サイコパスが住んでそうな部屋だろ」 中学生の式部は素直に顔を輝かせ、隹川は言いたい放題、住人である繭亡はそんな二人が寄り添い合うのを後ろから見つめた。 「式部、ケガを見せてみろ」 マフラーやダッフルコートを着用したままでいた式部は振り返る。 繭亡は穏やかな手つきで式部の腕をとり、屋上で突き飛ばされた際に擦り剥いた手の甲を繁々と観察した。 「もう出血はないな。ビルの給湯室で洗いはしたが、もう一度洗面所で洗ってくるといい。ハンドソープで泡立てて念入りに」 「わかった」 「それから。酒を飲まされていただろう。冷蔵庫にミネラルウォーターが入っているから、多めに飲んで水分を補給しておくように」 滑らかな口調で助言されて式部は繭亡に告げる。 「ありがとう、繭亡」 率直なお礼に繭亡は。 「胸糞悪い」 これまた率直にどストレートに本音を告げた。 「こんな玩具のために犠牲になった隹川にも殊更幻滅する」 「俺は死んでねーんだが、繭亡」 真っ向から罵倒されて目を丸くしている式部の隣に隹川が並ぶ。 「あの屋上にいた腑抜けどもより、一番、誰よりも忌々しい」 「なるほど。お前は式部をいじめて泣かせたいわけだな?」 「別に? 泣かせているのは隹川だろう? こんな小さな体に欲情を叩き込んで……隹川は俺を幻滅させるのが本当に上手だな」 かたまっている式部の肩に手を置いた隹川を見、苛立ちや吐き気を未だに引き摺っている繭亡は、投げ遣りに笑う。 ソファのそばに佇んでいた阿羅々木は首を左右に振った。 「それは幻滅というより失恋だ」 そう。 繭亡と阿羅々木は高を括っていた。 何もかも違う式部と隹川が長続きするはずがないと。 不釣り合いな二人の関係など呆気なく終わるだろうと。 でも。 二人は互いに身を投げ出し、互いを守り合った。 その繋がりを見せつけられたとき、繭亡と阿羅々木は自分自身が抱いていた恋心を痛感した。 そして。 この想いが叶わないことも知らしめられた。 「……」 同じ穴の(むじな)ならぬ(ともがら)の阿羅々木に繭亡は心から苦笑した。 「ちっとも面白くない冗談だな、阿羅々木……?」

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