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中高一貫校であった式部は中学から高校へエスカレーター式に進学した。
中学二年生のときに160センチだった身長は170センチまで伸び、一時期は関節痛に悩まされたものだった。
隹川は、現在、ロンドン郊外の豊かな自然に囲まれた研究型大学の美術史学科に在籍している。
基礎知識や学習技術を身につけるファウンデーションコースを経て、二年生になった今、美術館やギャラリーの作品およびバックヤードに触れてディスカッションやエッセイ作成に励んでいた。
学生ビザで定められている稼働時間の制限を守ってバイトにも精を出している。
長期休暇の際は度々帰国しており、前回のサマーホリデーでは式部や幼馴染み達とグランピングへ出かけ、五臓六腑に染みついた日本食の風味を日々噛み締めていた。
八月以来の再会。
式部の心は弾んだ。
「あれ……?」
待ち合わせ場所である街中の広場へ出向いた式部は目を丸くした。
ほぼ中央に特大ツリーが飾られた広場ではクリスマスマーケットが開催されていた。
夕闇にイルミネーションが光り輝く中、雑貨や食べ物の屋台がずらりと並び、多くの客で賑わっている。
十二月に入るとよく耳にする定番のクリスマスソングが軽快に流れていた。
去年はこんなイベントなかった、今年から始まったんだろうか?
普段にはない、今回の催しのために設置されたゲート付近に立ち、式部はざわめく周囲をぐるりと見回してみた。
やや長めのダッフルコートはネイビーで細身のシルエット。
モノトーンのニットにスキニーパンツ、隹川からプレゼントされたマフラーをしっかり巻いていたが、それでも寒い、鼻先はほんのり赤くなっていた。
電話をしようか、どうしようか、迷っていた式部の元へ。
「式部」
ゲートの内側から隹川がやってきた。
同じく新たに設置されていたゴミ箱に紙コップを捨て、キョトンとしている恋人の真正面に立つ。
「お前を待ってる間に一周してきた」
「そうなのか。何か飲んできたのか?」
「ホットワインを。奢ってもらった」
「お、奢って……? 一体誰から?」
益々キョトンとした式部の肩を抱き、歩行を促しつつ、隹川は教えてやる。
「俺を盗撮してる女の二人組がいたから、盗撮されてやる代わりにホットワインを一杯、まぁ交換条件ってやつだな」
「……芸能人じゃあるまいし」
昼と同様、肩にかかる髪をハーフアップに結んだ隹川は短く笑った。
「ネットに上げられたらどうするんだ、トラブルの元になっても知らないぞ」
「妬いてるのか、式部」
「妬いてなんかいない!」
「可愛い奴め」
癖のない髪に堂々とキスされ、数人の通行人にチラ見され、式部は堪らず顔を伏せる。
「……隹川、外だぞ、あんまりベタベタしないでくれ……」
イギリスに留学してからというもの。
日本へ帰ってくる度に隹川のスキンシップは大胆になり、前にもまして周囲を憚らずにやたら密着してくるものだから、式部は毎回困っていた。
「お昼だって、宇野原と北にあんなところをまた見せてしまって、申し訳なさすぎる」
「やっぱり1センチくらい伸びただろ」
「伸びてない! 人の話聞いてるのか!?」
光のひしめき合う広場沿いの舗道を進んでいた隹川は「不意討ちで会いにいってみたら、お前があんな顔するから」と、式部にさらに密着して耳打ちを。
「キスしたくて堪らなくなったんだよ、悪いか」
……本当に困る。
……どきどきしすぎて死にそうになる。
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