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「あんな顔って、僕はどんな顔をしてたんだ……?」
「むしゃぶりつきたくなるような顔」
「むしゃ!? 一度だってそんな顔してない!」
「前みたいに動画に撮っておくべきだったな」
「……あんなの金輪際嫌だ……」
目映いイルミネーションで華やぐ街中を並んで歩く二人。
「……隹川、向こうで体調は崩さなかったか? 部屋をシェアしてる人とケンカしなかったか?」
学生寮を退寮し、アパートの部屋に複数人で暮らすフラットシェアに移行していた隹川は肩を竦めてみせる。
「病気は特に。フラットメイト間の揉め事は日常茶飯事だ」
「そ、そうなのか。揉め事って、例えばどんな?」
「騒音問題、掃除問題、恋人の連れ込み問題、数えたらキリがない。でも気にしてたらもっとキリがねぇ」
「バイトは? まだ古着屋で続けてるのか?」
「ああ。日本の昔のポップスが好きな店主で親切にしてくれる。でも客からチップをもらえねぇ。レストランに移った方が稼げるかもな、日本食かカレー屋か」
「カレー屋さんか」
白い息を舞い上がらせて喋る隹川を式部は見上げた。
「先月は同じセミナーの連中とパブ巡りした。ハシゴして深夜まで飲んで、酔っ払った地元のオッサンに絡まれたりもしたが楽しめたな」
ゆとりのあるブラウン系のモッズコートを精悍な体つきで卒なく着こなし、ブラックのデニムにショートブーツを履いて、やたら大きなトートバッグを肩から提げている。
結びきれなかったサイドの髪が目元にかかっていた。
凍てつく夜気の中、冴え冴えとした光を放つ双眸は一段と鋭く見えた。
隹川、会う度にかっこよくなってる気がする……。
絶対、留学先でも人気があるはずだ……。
「ただし帰りはマリファナ臭くて最悪だった」
「えっ?」
「ナイトバスの車内にこもってたんだよ」
「す、隹川は駄目だぞ、ドラッグなんかに手を出したら絶対に駄目だ!」
「寮でも吸ってる奴いたけどな。俺には不要だから安心しろ」
ほっとした式部の横で隹川は立ち止まった。
「ドラッグなんかよりお前の方がキマる」
わざわざ立ち止まって言うことかと呆れる反面、式部は大いに照れた。
「ド……ドラッグなんかと比べられても困る、隹川、寒いし早く行こう」
「ここだ」
「え?」
「今日泊まるホテル」
隹川に言われて反対側を向く。
最上階のレストランでは夜景が一望できる地上十四階建てのシティホテルを仰いだ。
いつの頃からか。
再会する最初の逢瀬の日はホテルに外泊するのがお決まりになった。
隹川が帰国前にオンライン予約し、当日、式部はその夜の宿泊先を知らされるのだ。
「寒いし早く行こうか、式部?」
目の前を横切った一組のカップルが仲睦まじげにホテルのエントランスに進んでいく。
ぼんやり見送っていた式部は自分の台詞をなぞった隹川に視線を戻し、コクンと頷いた。
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