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隹川に連れて行かれた先は彼の自宅だった。 新築めいたマンション上階。 プラント事業に携わる父親は現場監督として海外赴任中、国立美術館で学芸員として働いている母親はと言うと、一ヶ月以上かかる研修のため昨日からスペインへ渡っていた。 「着ろ」 「隹川……これは」 「制服は知り合いからもらった。ちゃんと全部着ろよ」 呆気にとられている式部に用意していた着替え一式を押しつけると隹川はさっさとリビングへ。 スパイシー系の香水が香る彼の部屋に取り残された式部はどうしたものかと逡巡し、とりあえず着替えを広げてみた。 「え……?」 モロ華奢な中学生はソレを見つけて思いっきり困惑した。 「み……短い、短すぎる」 太腿丸出しなプリーツスカート。 「それに、まさかの夏服……寒い」 半袖の白ブラウスに赤の紐リボン。 自前のハイソックスを履いたままの式部が、えいえいっ、裾を掴んで何とかスカートを伸ばそうと無駄な努力に励んでいたら。 ガチャ!! 「わっ?」 「ただいま兄貴ーーーーー!!って、アレ」 ノックもなしに突然扉が開かれて式部は驚いた。 たいてい部屋にいるはずの愛しの兄は不在、代わりにモロ華奢な式部を見つけた獅音のテンションは一気に下がった。 「誰だ、お前」 僕は君のお兄さんにイタズラされた中学生の式部です……なんて言えない。 「なんか見覚えあんな」 兄の部屋にズカズカと上がりこんできた弟は固まっている式部に迷わず接近し、じーろじーろ、上から下まで眺め回した。 「あ、あの」 「お前みてーな貧乳、兄貴の歴代彼女にはいなかった気ぃすんだけど」 「……」 「クンクン」 「か、嗅がないでくれ」 「獅音、帰ってきたのかよ」 「兄貴ぃぃぃぃ! ただいま!」 「おかえり。じゃあほら、あっち行っとけ」 「おやつは!? 四時のおやついらないの!?」 弟の獅音を追っ払った隹川はまだ固まっている式部を改めて見、不敵に笑った。 「お前、そっちの方が似合ってんじゃねぇの」 こんなの……足元がスゥスゥして……心許ない。 だけど。 今日、きっと、隹川はこの間みたいな真似には至らないはず。 弟がいるから。 家族がそばにいて、あんなこと、普通はできないはず……。

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