3 / 16

第3話(2話からの続きです)

「さぁて、こうしててもしょうがないし……」 「──  大家か仲介の不動産屋に相談してみたら  どうだい? こういう時の為に火災保険とか  入ってるはずだし、すぐに現金は入らなくても  泊まるところぐらいは提供してくれるだろう」 「へぇ、そっか、大家か……考えもしなかった」   倫太朗は感心したように男を見上げた。   肩をすくめる。 「けどそれ、あかんわ。俺、居候やから」 「え ―― っ」 「あのアパートを借りてたのは、ネットの掲示板で  募集してたシェアメイトなんだー。そいつが  オトコの家で暮らすって言うからさ、あのへや  貸してもらったってワケ……下手したら大学か  実家に連絡されかねないし」 「連絡、されちゃあマズいの?」 「あんたに関係ないでしょっ」   とたんに倫太朗は不機嫌な表情になる。 「んじゃ、俺行くわ」   話しはもう終わった、と、ばかりに倫太朗は   立ち上がり、すたすたと歩き出す。   男はあわてて後を追ってきた。 「……泊まる所、ないんだろう」 「これから見つける」 「金もない」 「だからって何さ。何かあんたに迷惑でもかけた?」 「……あの、名前、教えてくれないか」 「今までの話しの流れでいきなり、ナンパ?  信じらんない……」 「そう思われても構わない」   変な奴ぅ、と倫太朗は笑う。   しかし答えた。 「倫太朗。友達とかは”りん”って呼ぶ」 「りんたろうくん、ね……フルネームは?」 「じゃーなー」   倫太朗は足早に歩き出す。   男は引き止めようとその腕を掴んだ。   振り向いた倫太朗は男を思い切り睨みつける。 「俺のことは詮索するな」 「判った。何も訊かない……名前はりんたろう。  たった今住んでたアパートが火事で全焼したところ。  泊まるあてもなけりゃ、金もない。それでいいか」 「まぁ、そんなとこかな」   倫太朗はきつい表情を緩め、   自分の腕から男の手を外す。 「で、あんたの名前は?」 「ジェイコブ・宮藤、アメリカ・ロシア・日本の  クォーター」 「ふ~ん、宮藤くん。で、あなたはどうして  そうまでして俺にかまうの?」   宮藤は眉尻を下げた情けない表情になる。   迷いながら答えた。 「あの火事で見かけて……気になって。  もしあそこに住んでるんだったら困ってるんじゃ  ないかって……」 「ふ~ん、じゃ、宮藤くんって、困ってる人なら  誰にでも声かけるんだぁ」 「あ、べ、別にオレは他意がある訳じゃない、  から……」   そう言うと、宮藤は耳まで顔を真赤にして   俯いてしまった。   根はかなりの純情青年らしい。   そんな宮藤を倫太朗はじぃーっと見つめて   意地悪く言う。 「ふふふ……宮藤くんって、意外と可愛い」 「”意外と” だけ余計だろー」   と、苦笑交じりに微笑み、真顔になって言う。 「もしホントに、何処へも行く宛てがないなら、  俺のとこに来てもいいぞ」 「ホントに変な人だね、宮藤くん。俺、こうゆうの  大体外れた事ないんだけど、女なんかこれっぽっちも  興味ないって人でしょ~」   あんたが〈コミットプレイス〉に来るような   おっさんなら話しも早いんだけどね、と   倫太朗は肩をすくめる。 「コミット……?」 「コミットプレイス。日系のお坊ちゃまクォーターには  一生縁がない所だと思うけど。うちらみたいな  人種を品定めして声かける金持ちがけっこういる……  俗に言う ピックアップバーね」   倫太朗は宮藤がどんな反応をするか   見てみたかった。   宮藤は特に気にする風もなく、もう一度言う。 「……俺の家、来るか?」 「行ってもいいわけ? 因みに俺、大学では”厄病神”  って言われてんだよ」   探るように倫太朗は宮藤の目を見つめる。   その目は優しく、濁りがなかった。 「今更見捨てる事は出来ない。名前はりんたろう。  行くとこなくて、金もない。今のお前がこれほど  判ってる奴は俺だけだと思うけど?」   倫太朗は小さく声を上げて笑った。 「変な人……ところで、宮藤くんの家ってどこ?」   倫太朗と宮藤の2人は最寄りの駅から続く大通りを   少し歩き、ショップや飲食店が軒を連ねる横道に   入る。   今年は冷夏だったが、8月も終わりに近づくと   だんだん夏本来のムワッとした暑さが襲ってきた。   半袖で歩いている人がほとんどで、   オフィスワーカー等は体温調節の為の   薄いジャケットを小脇にもっている。   夜中になり、家路に着く人々の中で倫太朗は   急に立ち止まった。 「どうした?」   細い路地の奥にぽっかりと穴を開けた   場所があった。   その穴は地下の店へ続く階段になっている。   ─── そこが、クラブ ”コミットプレイス”。   倫太朗は、店の前でオーナーと従業員が何やら   話しているのを目に留めた。   従業員はすぐに階段を下りて行ったが、   オーナーはそのままそこで煙草に火を点ける。   倫太朗に気付いたオーナーは、   精悍な顔立ちに倫太朗のよく知っている   皮肉気な笑みを浮かべて、薄く煙を吐いた。    「ちょっと待ってて」   倫太朗は宮藤を残し、   店の前で煙草を燻らせる実業家 ───   羽柴 仁(はしば じん)に近寄っていく。   倫太朗が知る限り、いつも高価そうなスーツを   着ていたがこの日もやはりブランド物らしい   ダークスーツを着ている。   普段着の白無地のコットンシャツにジーンズ   という格好の倫太朗だったが臆する事などない。 「なに、ニヤついてんの」 「べつにぃ ─── アパート、火事にあったん  だってな。今、田中が見に行ってきた」   羽柴は煙を吐いた。 「また、俺ん家のゲストルーム貸してやろうか」   前と変わってないぞ、と、羽柴はさらに   ニヤニヤ笑う。   倫太朗は顔をしかめてそっぽを向いた。 「家賃、払うのやだ。あんたしつこいんだもん」 「言うねぇ。どっか当てでもあるのか」   倫太朗は宮藤に聞こえないように、   当てンなるかどうか判んないけどね、   と小さく答え、後ろを ─── 宮藤のいる通りを   ちらっと見た。   羽柴もつられて目を向ける。   煙草の火が一瞬赤く灯った。 「ふーん。男前じゃないか? けどあいつ ――」 「判ってる。さっきそれとなくカマかけたら、否定も  せぇへんかったから」 「でー、マジで足洗う気か?」 「さぁね」 「もったいないな。最後にやらせろ、タダで」 「ぜってーやだ」   煙草の先から煙が白く流れ、倫太朗の鼻をくすぐる。 「何だかんだ言ったって、お前面食いだからな。  篭絡しちまうんじゃないの」 「そんなんやないって……もう行くよ」   話しを切り上げて、倫太朗は宮藤の所へ戻った。   宮藤は同じ場所でほとんど動かずに待っていた。   ほんの少しだけれど ───   倫太朗は宮藤が消えてしまうんじゃないか、と   疑っていた。   何となくほっとして、背の高い宮藤を見上げる。 「ごめん、行こう」  「……いいのか?」 「なにが?」 「あの人」   羽柴はまだ店の前で煙草を吸っている。   倫太朗と宮藤を見ていた。   倫太朗は軽く頭を横に振った。 「あぁ、アレはいいの。何でもない」   宮藤は何か言いたそうだったが、黙って歩き出す。   そのまま高架沿いの通りをしばらく進み、   近道だというガード下をくぐり抜ける。   そこは、普段の倫太朗なら絶対に足を踏み入れる事の   ない高級住宅街。

ともだちにシェアしよう!