4 / 16
第4話
宮藤が住んでいるレジデンスは、
倫太朗がこちらに来たばかりの頃、
事務局からリストアップされていたステイ先の
ひとつだった。
”リトル・ライオン・レジデンス”
赤いレンガ造りの洒落た1*階建て。
その時はあいにく男性のみが入居している部屋が
なくて入居を断念したのだ。
宮藤の部屋は最上階にあった。
たたみ3畳程の広々した玄関ホールから入って
すぐに目隠しの為のパーテーションがあり、
それをまわり込むとLDKになっている。
部屋の間取りは、日本風に言うなら
大型3LDK+南向きのルーフバルコニー。
1階の奥にある部屋は使用人用だと宮藤が
言った。
キッチンとリビングを見まわし、倫太朗は訊いた。
「彼氏とかはいるの?」
「今はいないけど、どうして? コーヒーと紅茶
どっちにする?」
「冷たい紅茶、あったらお願い ───
ひとり暮らしにしては散らかってないなーと、
思ってさ。隠さなくたっていいよ、別に宮藤くんと
どうにかなろうって狙ってる訳じゃないから」
倫太朗は宮藤をからかって、くったくなく笑う。
当の宮藤は居心地悪そうに咳払いした。
オープンキッチンの冷蔵庫からアイスティーが
半分ほど入ったサーバーを取り出し、氷を入れた
グラスに注ぐ。
「ガムシロは入れる?」
「うん、ちょっと多めでお願い」
宮藤はグラスのアイスティーへその場で
ガムシロップを入れてマドラーでかきまぜた。
からからと氷の音が響く。
「掃除と洗濯はハウスキーパーに頼んでる。基本、
食事は自炊だ。なるべく、だけどな」
「ふーん。何してる人? 学生……には見えへん」
「一応、モデルやってるけど本業は学生だよ。大学院で
心理学専攻」
宮藤は恥ずかしそうに薄く微笑んだ。
倫太朗にアイスティーのグラスを手渡す。
「へぇ~……よくありがちな、自分探しってやつ?」
「ふふふ ――そんな格好いいもんじゃないよ。けど、
こっちでの生活が長くなれば長くなるほど、
見たくもないこの町の現状ってもんも見えて
きちまってさ。何かせずにはいられなくなった」
「……親に仕送りでもしてもらって、こんな高級
コンドミニアムで優雅な生活してるんだと
思ってた……ごめんなさい」
「いや、かまわない。そう思われるのも、言われるのも
慣れた……このアパートは親が自分らの勝手で
離婚した、せめてもの罪滅ぼしにってよこしたんだ。
叔父が国際弁護士で管財人になってくれて、
親の代わりに生活費も毎月振り込んでくれるし……
仕送り、もらってるようなもんだ。気にするな」
宮藤は自分のアイスコーヒーを持ち、
ソファーに座った。
しおれた様子の倫太朗も宮藤から離れた所へ座る。
さっきまでの悪戯っ子のような表情を消した、
大人しくいかにも可憐な倫太朗の顔を宮藤は
黙って見つめる。
自分はゲイだが ─── 思わず、見惚れていた。
長い睫毛は伏せられて紅茶の琥珀色の水面に
向けられている。
自然にほの赤い唇をグラスの縁に押し当てて
中の液体を飲んだ。
ごくり、と白いのどが動く。
「……なに?」
その視線に気づいて、倫太朗は怪訝な顔をした。
宮藤は目を逸らしてもごもごと言う。
「……いや。なんでもない」
「やっぱ出て行って欲しくなった? ヤなこと訊かれた
から……そうならはっきり言って下さい」
「そうじゃない。身の回りの事なんて気にしてない」
宮藤はあわてて否定する。苦し紛れに話しを変えた。
「その、……そ、そうだ! 寝る場所どうする?
ゲストルームは2階だけど」
「寝る場所? そっか……」
倫太朗は思案気な目つきで
室内を見渡す。
居候の分際でゲストルームなんておこがましい。
ここで寝るとすればこのソファーか、
宮藤にソファーベッドを出して貰うか ──。
「─── あの、ロフトは?」
「え?」
LDKの奥、ルーフテラスの上部にロフトがある。
ちょっとした屋根裏部屋みたいになっていて、
頑丈そうな木製の簡易梯子が付いている。
明るめの青いカーテンがかかっているが端に寄せて
あったので、中にほとんど物が入っていないのが
見て取れた。
「あそこがいい」
「でも、物置だぞ? いちいち上がるの面倒だから
使ってないけど」
「それでも全然オッケー。ソファーより広そうだし。
布団くらいは自前で買ってくるから」
「そっか、りんがそれでいいなら、俺もいい」
グラスをテーブルに置いて、
倫太朗は梯子を身軽にひょいひょいと登る。
姿勢を低くしてロフトの中を『探検』した。
胡坐をかいて、ソファーに座る宮藤に笑いかける。
「なんか秘密基地みたい」
子供っぽくはしゃいだ倫太朗はロフトを降りて
元の場所に座る。
上機嫌でアイスティーを飲んだ。
「こっちでの生活はかなり長いの?」
「うん、まぁ、長いかな ―― 小5の時、初渡米して
そろそろ20年になる」
絢音は目を丸くした。
「へっえ~、小5かぁ……じゃあ、今29……
30?」
「もうすぐ三十路……りんはいくつなんだ」
宮藤の顔色をうかがうように倫太朗は上目遣いで
見返す。
宮藤は一番初めあの火災現場で話しかけた時と
同じに、眉尻を下げて微笑んだ。
「── 詮索しない約束だったな」
「── にじゅうろく」
同時だった。倫太朗はもう1度、言う。
「26だよ」
宮藤の左の眉がぴくり、と上がる。
しかし、表情は淡々としていた。
「そうか」
「驚かないの」
「驚いてるよ。思ったより大人でね」
総じてアジア系の若者は実年齢より幼く見られる。
倫太朗は氷だけになったグラスを揺すって、
アイスコーヒーを飲む宮藤をちらちらと見る。
ためらいながら口に出した。
「あの……本当にここにいてもいいの?」
「悪かったら最初から連れて来ない」
全く躊躇せずに宮藤は答えてグラスを空ける。
「あ、あの ── ホント言うとさ、これでも一応
研修生だから定職もあるし、代わりのアパートの
ひとつやふたつ勤務先に連絡すればすぐ手配して
くれるんだけど、そうすると実家にも連絡が
いっちゃって、家族に余計な心配かけるから……
ありがとうね、宮藤くん。恩に着る」
と小さく言って、微笑んだ倫太朗に宮藤は
「ど~いたしましてぇ」と、戯けて答えた。
こうして、倫太朗と宮藤の可笑しな共同生活は
スタートした。
ともだちにシェアしよう!