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第4話

  宮藤が住んでいるレジデンスは、   倫太朗がこちらに来たばかりの頃、   事務局からリストアップされていたステイ先の   ひとつだった。   ”リトル・ライオン・レジデンス”   赤いレンガ造りの洒落た1*階建て。   その時はあいにく男性のみが入居している部屋が   なくて入居を断念したのだ。   宮藤の部屋は最上階にあった。   たたみ3畳程の広々した玄関ホールから入って   すぐに目隠しの為のパーテーションがあり、   それをまわり込むとLDKになっている。   部屋の間取りは、日本風に言うなら   大型3LDK+南向きのルーフバルコニー。   1階の奥にある部屋は使用人用だと宮藤が   言った。   キッチンとリビングを見まわし、倫太朗は訊いた。 「彼氏とかはいるの?」 「今はいないけど、どうして? コーヒーと紅茶  どっちにする?」 「冷たい紅茶、あったらお願い ───    ひとり暮らしにしては散らかってないなーと、  思ってさ。隠さなくたっていいよ、別に宮藤くんと  どうにかなろうって狙ってる訳じゃないから」   倫太朗は宮藤をからかって、くったくなく笑う。   当の宮藤は居心地悪そうに咳払いした。   オープンキッチンの冷蔵庫からアイスティーが   半分ほど入ったサーバーを取り出し、氷を入れた   グラスに注ぐ。 「ガムシロは入れる?」 「うん、ちょっと多めでお願い」   宮藤はグラスのアイスティーへその場で   ガムシロップを入れてマドラーでかきまぜた。   からからと氷の音が響く。 「掃除と洗濯はハウスキーパーに頼んでる。基本、  食事は自炊だ。なるべく、だけどな」 「ふーん。何してる人? 学生……には見えへん」 「一応、モデルやってるけど本業は学生だよ。大学院で  心理学専攻」   宮藤は恥ずかしそうに薄く微笑んだ。   倫太朗にアイスティーのグラスを手渡す。 「へぇ~……よくありがちな、自分探しってやつ?」 「ふふふ ――そんな格好いいもんじゃないよ。けど、  こっちでの生活が長くなれば長くなるほど、  見たくもないこの町の現状ってもんも見えて  きちまってさ。何かせずにはいられなくなった」 「……親に仕送りでもしてもらって、こんな高級  コンドミニアムで優雅な生活してるんだと  思ってた……ごめんなさい」 「いや、かまわない。そう思われるのも、言われるのも  慣れた……このアパートは親が自分らの勝手で  離婚した、せめてもの罪滅ぼしにってよこしたんだ。  叔父が国際弁護士で管財人になってくれて、  親の代わりに生活費も毎月振り込んでくれるし……  仕送り、もらってるようなもんだ。気にするな」   宮藤は自分のアイスコーヒーを持ち、   ソファーに座った。   しおれた様子の倫太朗も宮藤から離れた所へ座る。   さっきまでの悪戯っ子のような表情を消した、   大人しくいかにも可憐な倫太朗の顔を宮藤は   黙って見つめる。   自分はゲイだが ─── 思わず、見惚れていた。   長い睫毛は伏せられて紅茶の琥珀色の水面に   向けられている。   自然にほの赤い唇をグラスの縁に押し当てて   中の液体を飲んだ。   ごくり、と白いのどが動く。 「……なに?」   その視線に気づいて、倫太朗は怪訝な顔をした。   宮藤は目を逸らしてもごもごと言う。 「……いや。なんでもない」 「やっぱ出て行って欲しくなった? ヤなこと訊かれた  から……そうならはっきり言って下さい」 「そうじゃない。身の回りの事なんて気にしてない」   宮藤はあわてて否定する。苦し紛れに話しを変えた。 「その、……そ、そうだ! 寝る場所どうする?  ゲストルームは2階だけど」 「寝る場所? そっか……」   倫太朗は思案気な目つきで   室内を見渡す。   居候の分際でゲストルームなんておこがましい。   ここで寝るとすればこのソファーか、   宮藤にソファーベッドを出して貰うか ──。 「─── あの、ロフトは?」 「え?」   LDKの奥、ルーフテラスの上部にロフトがある。   ちょっとした屋根裏部屋みたいになっていて、   頑丈そうな木製の簡易梯子が付いている。   明るめの青いカーテンがかかっているが端に寄せて   あったので、中にほとんど物が入っていないのが   見て取れた。 「あそこがいい」 「でも、物置だぞ? いちいち上がるの面倒だから  使ってないけど」 「それでも全然オッケー。ソファーより広そうだし。  布団くらいは自前で買ってくるから」 「そっか、りんがそれでいいなら、俺もいい」   グラスをテーブルに置いて、   倫太朗は梯子を身軽にひょいひょいと登る。   姿勢を低くしてロフトの中を『探検』した。   胡坐をかいて、ソファーに座る宮藤に笑いかける。 「なんか秘密基地みたい」   子供っぽくはしゃいだ倫太朗はロフトを降りて   元の場所に座る。   上機嫌でアイスティーを飲んだ。 「こっちでの生活はかなり長いの?」 「うん、まぁ、長いかな ―― 小5の時、初渡米して  そろそろ20年になる」   絢音は目を丸くした。 「へっえ~、小5かぁ……じゃあ、今29……  30?」 「もうすぐ三十路……りんはいくつなんだ」   宮藤の顔色をうかがうように倫太朗は上目遣いで   見返す。   宮藤は一番初めあの火災現場で話しかけた時と   同じに、眉尻を下げて微笑んだ。 「── 詮索しない約束だったな」 「── にじゅうろく」   同時だった。倫太朗はもう1度、言う。 「26だよ」   宮藤の左の眉がぴくり、と上がる。   しかし、表情は淡々としていた。 「そうか」 「驚かないの」 「驚いてるよ。思ったより大人でね」   総じてアジア系の若者は実年齢より幼く見られる。   倫太朗は氷だけになったグラスを揺すって、   アイスコーヒーを飲む宮藤をちらちらと見る。   ためらいながら口に出した。 「あの……本当にここにいてもいいの?」    「悪かったら最初から連れて来ない」   全く躊躇せずに宮藤は答えてグラスを空ける。 「あ、あの ── ホント言うとさ、これでも一応  研修生だから定職もあるし、代わりのアパートの  ひとつやふたつ勤務先に連絡すればすぐ手配して  くれるんだけど、そうすると実家にも連絡が  いっちゃって、家族に余計な心配かけるから……  ありがとうね、宮藤くん。恩に着る」   と小さく言って、微笑んだ倫太朗に宮藤は   「ど~いたしましてぇ」と、戯けて答えた。   こうして、倫太朗と宮藤の可笑しな共同生活は   スタートした。

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