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第6話
(From ~ 東京)
自宅まで持ち帰った仕事を片付けながら
ひと息入れて時計を見ると、
午前1時……NYは昼過ぎか。
オレは眠気覚ましにポットから注いだコーヒーを
ブラックのまま飲んだ。
7月半ばに暑気あたりでダウンし、今日が*日
ぶりの職場復帰だった。
本当はこういった嗜好品も、深夜にまで及ぶ
ハードワークも、まだドクターストップが
かかっているが、
何かに没頭していないと、つい倫太朗の事を
考えてしまう……。
あいつがNYに旅立つ前、ここへ来てくれた時は
本当に嬉しかった。
いっそこのまま、手に手を取ってあいつと何処かへ
雲隠れしてしまおうか、とも考えたが。
泣きながら自分の道を決めた倫太朗の気持ちを
踏みにじりたくは無かった。
今のまま逃げ出しても、いつかきっと限界は来る。
―― 倫太朗は決して喜ばないだろう……
オレは待つと腹をくくった。
2年の間に、やっかいな問題を片付けてしまう。
あいつを迎えられる環境を作る。
倫太朗抜きの生活 ――
倫太朗のいない人生なんか、
どうしても考える事が出来ない。
倫太朗が歩く道の横を、
笑いながら共に歩いていきたい。
オレは倫太朗と生きていく……
ソファーに座り倫太朗から貰ったライターでタバコに
火を点ける。
「倫……」
オレは瞼を閉じた。
*** *** ***
(From ~ NY)
夕食も終わり、ラジャとミーシャは帰って行った。
ラジャはこのアパートから徒歩15分ほどの
所にある市民病院に勤務する
外科のレジデント。
最愛の奥様をこの春先に亡くし、ミーシャとの
2人暮らしに突入したばかりなんだそう。
今はミーシャの成長が何よりの楽しみなんだと、
目尻をくしゃくしゃにして相好を崩した、
彼の笑顔がとても印象的だった。
俺はジェイと後片付けを済ませ、
仕事帰りフラリと立ち寄ったジェイクの親友・
本田ジョージも交え飲み直し。
千早姉さんが荷物に入れてくれた酒の肴の乾き物を
出す。
「おぉ! イカくんに柿ピー。懐かしいなぁ~」
かなりの大酒呑みジョージが超ご機嫌で
ビールを飲み始めた。
ジョージは”NYPD=ニューヨーク市警察”の
警部殿。
―― にしても、仲の良い友達はほとんど男、
だなんて……こんな事、柊二が知ったら
一体何て考えるだろう。
「……倫、さぁ」
「―― ん?」
既に3本飲み干して4本目いこうか? どうか
考えながらジョージが見た。
「恋人、日本にいるのか?」
そんな言葉に、何故かドキッとする。
「なんで?」
「ん~、なんとなく」
「ん~……いるっちゃあ、いるけど、いないっちゃあ
いない、かなぁ」
「なにソレ」
「……もうすぐそいつは、他の人の旦那様に
なっちゃうから」
「あら、ひょっとしてわりー事、聞いちゃったー?」
「ううん、そんな事ないよー。こっちに来る前、
けじめだけはちゃんとつけてきたから」
「おぉ―― 見かけによらず、結構オトナだねぇ」
「ふふ、そーお? ありがと……ジェイとジョージ
にはいないの?」
「おれ? いないよ」
ジェイは即答。
「そう……」
「うん、いない」
「オレはやっと先月、離婚の慰謝料全額払い終えた
とこ。現在彼女&セフレ絶賛募集中でぇ~す」
「ったく、よく言うよ。先週まで女も男も懲り懲りだ
なんて言ってたくせにぃ」
「アハハハ―― そーだったけー、忘れたわ」
「ところでさ、インターネットは繋げられる?」
話題を変えて聞いた。
「パソコンは持ってる?」
「うん。日本の勤務先から連絡用に繋げろって
いわれてるの」
ネットが繋がれば、
あつしや利沙とも顔を見ながら話せる!
「あ、ってか俺ってば、すっかりもうここに居着く気で
いるねー、ごめん」
「だからー、倫はそうゆう事、気ぃ使い過ぎだって。
俺は友達も増えたし、倫さえ差支えなければ、
研修期間の2年ずっとここにいてくれてもいいんだぜ
―― って事で、改めてよろしく~」
「あ、こちらこそよろしく」
「あぁ、インターネットだったな。友達に詳しい奴
いるから、明日頼んでやるよ」
「ん、お願いします」
「了解。じゃ、俺シャワー浴びて寝るわ」
ジェイが立ち上がる。
「うん、おやすみー」
「じゃあ、俺も寝るかな」
ジョージはジェイの寝室へ。
どうやら今夜はお泊りするらしい。
「おやすみー」
日本はもう朝か……柊二はどうしてるんだろ。
相変わらず忙しくしてるのかなぁ。
考えまいとすればするほど思いは募り、
柊二の顔が脳裏に浮かぶ。
ジェイやジョージは何か気付いたんだろうか?
「……柊二……会いたい……」
俺は小さな声で呟いて瞼を閉じた。
*** ***
柊二が俺に優しく微笑みかけてくる。
「一緒に生きよう……オレはお前のものなんだ」
俺も、俺は柊二のものなんだ、その言葉を
言いたかった。
でも、言えなかった……
俺がそばに居れば『各務柊二』に迷惑がかかる。
柊二にとっての今の俺は足枷でしかないから。
俺と出逢わなければ ―― 俺さえいなければ、
柊二は幸せな家庭が築けるんだ……
愛してるから、大好きだから、身を引こうと決めた。
微笑みかけてくれる顔を見て涙が溢れる……
一番好きな顔を、俺は裏切った……
ごめん、俺を、ずっと許さないで……
涙を誰か拭ってくれる ―― 抱きしめてくれる。
「もう、泣かなくていいから……」
柊二? NYへ行ったのは夢なのか?
俺の傍に居てくれるのか?
俺も柊二を強く抱きしめた。
でも、待てよ ――?
俺は確かにNYへ来た ―― それは間違いない。
俺は目を開けた。
「はよ~、寝坊助ちゃん」
至近距離にジェイの顔がある!
「大丈夫か? 泣いてるぞ?」
「あ……」
俺は、もしや抱きついていないか?
そして……抱きしめられてないか??
「もう大丈夫、おれがついてる」
笑いながら俺の瞼にキスをして涙を吸い取った!!
瞬間、俺の意識は覚醒した!
「ちょっっ! 何してる??」
俺の毛布の中にジェイもいる!
しかも上半身裸!
……俺は服を着ている。良かった……
何気にデジャヴ……ずっと前にもこんな事が
あったような気がする……
「昨夜、シャワー浴びてリビングに戻ったら
倫が寝てて、
ロフトに運んだら俺も眠くなってさ」
俺を見て、テヘッと笑う。
「……顔、近くない?」
「あー、気にしない気にしない、倫の寝姿も
可愛いすぎ。しかも泣いてるし、顔真っ赤だよ」
俺は慌てて涙を拭いて、ジェイへ背を向けた。
「……しゅうじって言ってたけど、向こうでけじめを
つけてきたって人の事?」
背後からジェイが聞いてきた。
心臓が痛いくらい鼓動を速める。
「こ、この間死んだうちの番犬。子供の頃からずっと
可愛がってたから、夢にまで出てきちゃたのかなぁ、
アハハハ ――」
咄嗟にわざとらしいでまかせをかました。
「ふぅぅぅん、ワンちゃんなんだぁ……」
明らかに嘘だとばれてる……当然か。
ジェイが布団から出る。
「シャワー浴びな、朝飯出来てるよ」
言いながら階下へ降りて行った。
俺は着替えを持って、急いで浴室に向かい、
柊二の事を思うと自然に溢れ出る涙を
熱いシャワーで流した。
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