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第10話  それぞれの事情

  *月12日 快晴   現在の時刻、8時半を少し回ったところ。   いつもなら今頃は、   そろそろ外来診療を始めている頃だが、   今日はお休み。   携帯のアラームが鳴る前にフッと目が覚め、    ”あぁ、今日は休みだった……”と、2度寝して、   さっきやっと起き出してきたとこ。 「あ、おはよー」   俺がシャワーから出ると、いつものようにジェイが   朝ごはんを作ってくれていた。 「あ、おはよー。今日も蒸し暑くなりそうだねぇ」 「だねー、けど、こういいお天気だと家にこもって  ばかりいるの勿体無くね? 今日は1日NY観光  なんてどーよ?」 「いいねぇ、じゃ、お向かいの2人も誘お? ――  拓ちゃんはどーするぅ?」 「わーりぃ、俺はパス。今日は2限から講義だから」   倫太朗がジェイに連れられ初めてココへ来た時、   不在だった同居人がこの寺嶌拓斗で。   これでも拓斗はコロンビア・ビジネス・スクール   (CBS)の学生だ。   ―― って事で、   今日はNY観光へ行く事になった。   ちゃっちゃと朝ごはんを食べ、準備をしていると、    ”ピンポ~ン ――”   お向かいに住む親子、ラジャとミーシャが来た。   ラジャとミーシャ ―― 特にミーシャとはかなり   仲良くなれた。   けど、俺の仕事が不規則な為あまり遊んで   あげられず、たまにこうして一緒に出かけると、   執拗に俺へまとわりついてくる。   年の離れた妹が出来たようで、可愛くて、   ついつい甘やかし、抱きかかえて初めの目的地・   自由の女神像へと向かう。      自由の女神像・正式名称は世界を照らす自由     (Liberty Enlightening the World)   マンハッタンの南、バッテリーパークの沖に建つ、   ニューヨークの象徴。   1984年ユネスコの世界文化遺産に登録。   尚、台座部分は博物館。   王冠部分の展望台へは入場人数制限アリで、   見学も事前予約が必要。   ジェイが業界のコネを使って、事前予約ってのは   スルーしてくれたので、展望台からの壮大な眺望を   心ゆくまで堪能し、次の目的地へ ――   バスに乗っている間も、何かを感じている風な   ジェイがチラチラと俺の顔を見ていたけど、   気付かないふりをしてミーシャと遊びながら   移動時間を過ごす。      車窓から大聖堂が見え始めた。 「う、わぁ、壮観……」   俺の感嘆の声にジェイは満足そうに微笑んだ。 「だろ~?」   バスを降りて大聖堂へと向かう。   建物が近付けば近付くほど、その大きさに圧倒される。   セントパトリック大聖堂。   NY・マンハッタン、5番街(5アベニュー)と   50ストリートの角にある全米最大のカトリック教会。   19世紀半ば(1879年)に完成。    Historic Landmark(歴史的建造物)にも指定されている。   NYの人気観光スポットという事もあり、   おのぼりさん丸出しのツーリストがうようよしている。   記念撮影で忙しい人々の間を縫うようにして進み、   やっと内部へ入る事が出来た。   内部は外の喧騒などウソのように、ひっそり静かだ。   パイプオルガンの音が流れ始めた。   今日は運が良かったみたい!   信者達が賛美歌を歌い始めた。   色とりどりのステンドグラスが外光に照らされて   大聖堂を暖かな光が包み込む。   荘厳な雰囲気、美しい歌声……。   もし ”神”が存在するなら、俺の犯した罪は   許してくれるだろうか?   柊二を裏切って、彼の気持ちを踏みにじり、   結婚するように仕向けた俺を ……   許してくれるだろうか?   俺はミーシャを抱きかかえたまま、   キレイな歌声に耳を傾けていた。   やがて、歌も終わり堂内がざわつき始め、   座って祈りを捧げていた ――    (今日分かったがジェイは敬虔なクリスチャンだ)   ラジャとジェイがこちらへ向かって来た。   彼らは何故か俺の顔を見て、怪訝そうにしている。   どうした、のかな……? 『……りん、どうして泣いてるの?』   え? 誰が泣いてるって?   ミーシャに言われ、   自分の頬に手を当てて見て、   俺は自分が泣いてる事に気が付いた。 「倫 ――」   ジェイとラジャも心配そうに俺を見る。 「ご、ごめ、先出る……」   ミーシャをラジャに任せ俺は足早に外へ出た。      昨夜、久しぶりに聞いた柊二の言葉が頭の中を   グルグル巡る ―― 『―― お前が望んだんだろ』   そう。   俺が言ったから、望んだ事だから、   柊二は結婚する事を選んだ。   俺が柊二を裏切った。   俺が柊二を、捨てた……。   昨夜は久しぶりに声が聞けて   本当に嬉しかったのに、   余計な言葉で柊二を傷つけてしまった。   彼の為だと思った行動が、   逆に彼を ―― 自分自身も苦しめている。   何と、滑稽な事だろう……。   人気がない場所を探して、近くの路地へ入った。   建物の壁にもたれたまま崩れるよう   しゃがみ込んだ。   さっきまで無理に抑えていた涙が溢れ出て来る。   逢いたい ――   触れたい ――   触れて欲しい ――   力いっぱい抱きしめて欲しいっ。 「―― っ、しゅう、じぃ…………」   愛おしい人の名前を呼んで、俺は口へ拳を押し付け   声を殺して泣いた。   次から次に溢れ出る涙の量は決められていないん   だろうか?   笑えるくらい溢れ出て来る……。   少し落ち着いた俺の横に、何時からいたのか?   ジェイが立っていた。 「ジェ……いつ、から……?」 「―― 落ち着いたか? お前、目ぇ真っ赤」   ジェイは、自分を見上げてる俺を見て笑う。 「……ラジャとミーシャは?」 「先に帰った。その方がいいだろうって」   せっかく一緒に来たのに…… 「悪いこと、しちゃったなぁ」   ジェイは俺の傍らにしゃがみ込んだ。   何も語らず、暮れなずむ空を見ている。   何故泣いていたのか?   理由も聞かずに、ただ黙って傍にいてくれる。   俺も何も話さなかった。   このまま何も話さずにいようかとも思ったけど、   こんな姿を見られてしまい、話さない訳には   いかない。   ジェイにどう思われるか不安だったけど、   俺は重い口を開いた。 「……俺の事、愛してるって言ってくれた人を、  俺は捨ててNYへ来たんだ」 「……そう」 「全てを捨てて、一生傍にいるって言ってくれたのに、  俺はあいつに結婚を選ばせた。あいつの為だと  思った。俺と逃げるより、普通の家庭を築けと言って  俺がNYへ逃げて来た」 「そう……」 「それなりに覚悟を決めて来たハズなのに、昨夜、  久しぶりに電話で声聞いたら……逢いたい、とか、  触って欲しい、とか……ホント情けないくらい  未練たらたらで……ホントに俺、これからどうしよ」   また泣き出した俺の腕をジェイが掴み上げ   立たせると、俺を抱きしめた。 「我慢しないで泣いていいぞ?   気が済むまで泣けばいい」 「ジェイぃぃ……ヒック、お前って、いい奴な」 「ハハハ、今頃分かったのかよー、おっせーよ」   と、笑っているジェイの腕の中で俺は声を上げ   思いっきり泣いた。 ***  ***  ***   アパートへ帰る途中、Mrシャルマの    ”マサラストアー”に寄って、   夜食と晩酌の材料をたんまり買い込んだ。 「―― じゃ、卒院後はフード関係に進むの?」 「うん、出来たらね」    2人で夕食兼晩酌の用意をしながらお喋り。 「今兼業してるモデルの仕事も何とか続けられ  そうだし、もう、日本へは帰る気もないし」 「そうなんだぁ」 「……帰れ、ないんだ」   そう言ったジェイの目が   いつもと違って暗かったから、   俺は思わず「えっ?」と、聞き返していた。 「……帰らないって決めてるんだ。倫がNYへ  逃げて来たように、おれも逃げてる」   ジェイは遠い昔を思い起こすように   話し始める……。 「倫も、相手はオトコだろ?」 「!!……バレバレ?」 「ふふふ……何となくね。俺が抱きついて寝ても  嫌な顔ちっともしなかったし。オトコに免疫が  あるなぁって思った。でもおれは男色ではない  ―― 身も心も許したのは1人だけだ」 「俺は……バイ、だけど、本気で好きになったのは  彼が初めてだった……でも ――」 「「もう、男はこりごりだ」」       期せずして声が揃い、    2人して笑った。 「もう、どれ位会ってないの? 相手と」 「別れたのは俺が中3の時だったから……  そろそろ14年」 「えっ ―― って、早熟だったんだねぇ、  ジェイって」 「ん、まぁ、これはほとんど親からの遺伝だな。  おふくろが俺を身籠ったのは16の時だって  から」 「へぇ~」 「しかも相手の男、つまりおれらの親父はふた回り  以上も年の離れたヒヒ爺だぞ。信じらんねぇー」 「……好きに、なっちゃったんだろうね」 「ん、まぁな。でなきゃ、それから*年も経って弟も  生まれなかっただろうし」 「……彼から連絡は?」 「ん、まぁ、手紙が届いたり、電話がかかってきたり、  ぼちぼちとな、でも、全部シカトしてる。おれ、  あいつの足枷にはなりたくないんだ」   足枷?! ―― 俺と、同じだ。 「倫だってそうだろ? 一番好きな奴が、自分の為に  苦しんでるのは何より辛い」 「うん、そうだよね……」   それにしても、   この日のジェイのカミングアウトには   かなり驚かされた。   色々な意味で今日はエキサイティングな   1日だった。

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