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第2話
目を開くと、くすんだ色の天井が見えた。硬いベッドの感触。薄い枕。冷えた毛布。人の、気配。
勢いよく起き上がり、辺りを見回した。事務机と、ハルキが寝ているベッド、そして冷蔵庫しか置いていない殺風景な部屋だった。
病院……じゃ、ない。
ほっと息を吐き、ぎしりと痛んだ喉元に手を当てる。
痣になっているのだろうか。
そろそろとさするが、表面に痛みはなかった。
その様子を男が椅子に座って見ている。白衣は着ていない。ワイシャツとスラックス姿だが、胸元のボタンは外され、ネクタイも絞めていない。
医者じゃないのか……。
切れ長の目に縁どられた、濃く黒い瞳。その眼光に部屋の温度が下がった気がした。
今の自分の状況が理解できない。
どこだ、ここ。
まだ頭がぼんやりとしている。
「目が覚めましたか」
椅子から立ち上がり、ハルキの側へ歩いてくる。
着ていた服が事務机の上に置いてあるのを見て、自分の体を見下ろすと、真新しい白いシャツに着替えさせられていた。
ハルキの視線を察したのか、彼は口を開いた。
「警察や病院はまずいのかと思って、私の事務所に連れてきました」
「あんた誰」
目尻の上がった三白眼で睨みつけられ、男は肩をすくめる。
「笹井です。笹井ケイ。あなたは?」
「俺の事はいいんだよ」
「自己紹介をして損をした気分になる事があるとは、思いもしませんでした」
「……ハルキ」
渋々ぼそりと呟く。
「あなたが首を絞められて殺されそうになっていたので、強姦していた男の頭をビールケースで殴りました」
その言葉にぎょっとして、目を見張る。
「それじゃあんたが犯罪者になるんじゃねえの?」
「元気よく走って逃げていきましたよ」
「ああそう」
ハルキは思い切り舌打ちした。口の端が傷む。
まだ金貰ってなかったのに。
いや、落ちたのだからこいつがいようといまいと同じ事か。
「何であんなとこにいたんだよ」
「喚くような声が聞こえたので、様子を見に行ったんですよ」
「だから何で」
「あなたが倒れていた非常階段の2階にあるのがここです」
ハルキは大きくため息をついて、立ち上がった。くらりとよろめいて、ベッドに手をつく。頭を押さえて軽く振ると、机の上の服をひったくるようにして取り、何も言わず部屋から出ようとした。
「まだ寝ていてください」
後ろから腕を掴まれる。意外に力強いケイの手を振りほどこうとしたが、非力なハルキの力ではびくともしなかった。
「離せよ。俺の事はほっといてくれ」
少し眉を寄せて、ケイは静かに息を吐き出した。
「病院に付き添いましょうか?」
もう一度、ケイの手を振り払おうとする。
「余計なお世話だよ」
「殺されかけたんですよ」
「いいんだよ」
何度もぶんぶんと手を振り、力任せに自分の腕を引き寄せると、まだ眉根を寄せているケイを睨みつけた。
「俺はマゾなの。ああいうプレイなの。邪魔したのはあんた」
こちらを見つめている暗い瞳に吸い込まれそうになる。ハルキは視線をそらせ、入り口のドアを開けると、ひらひらと手を振って出ていこうとした。
「あんなところでそんなことをされると迷惑です」
「そりゃ悪かったな」
ケイに背を向けたまま、形だけの謝罪を口にする。しかしケイの声が追いすがってきた。
「またあなたが殺されそうになっているところを見かけたら、私はあなたを助けますよ」
「……気を付けるよ」
舌打ちをして、部屋を出ていく。
非常階段を下りながら、血走った男の目を思い出して、もう一度舌打ちした。
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