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第7話
名前を呼ぶ声がして、ゆっくりと目を開けると、ケイがのぞき込んでいた。
ほっそりとした顎。薄い唇。涼し気な目元。黒く闇を抱えた瞳は相変わらずだが、パーツのバランスがよく、綺麗な顔をしていた。それを引き立てるような黒く短い髪。
こいつ結構美人だな……。
ぼーっとした頭でそんな事を考え、はっとして目を覚ました。
何考えてるんだよ。
側にあったケイの顔から離れるように、体を起こした。
「何?」
「夕食ができました。食べましょう」
「いらねえよ」と呟くと、もう一度枕に頭をしずめる。しかしケイは引かなかった。
「抱き上げて連れて行ってもいいんですが」
ハルキはがばりと起き上がって、ケイの体を蹴り飛ばした。呻きすらしないケイを睨む。手で顔を覆うと、ため息をついた。
「わかったよ」
降参と両手を頭の上にあげて、ベッドから降りた。
キッチンカウンターには、とても素人が作ったとは思えない料理が所狭しと並んでいた。洒落た店になど行ったことがないハルキは、それがいったいどこの国の食べ物なのかすらわからない。ちらりとケイを横目で見た。
何もないキッチンでどうやったらこんなものが出来上がるんだ。
驚いているのがばれないように、面倒くさそうにスツールに腰掛ける。ケイも隣に座って、フォークとナイフを手に持っていた。
「え、なにそれ。全部買ってきたのか?」
「ええ」と頷くケイをまじまじと見る。
「相当暇なんだな」
その言葉に苦笑を浮かべて、彼はハルキを見た。
「あなたよりは暇ですね」
……俺より暇ってニートじゃねえか。
「事務所あるだろ。仕事してんだよな?」
「まあ……。形だけ。会社を経営していますが、私はやることがないので」
「金持ちかよ」
ケッと吐き捨てると、ケイは光のない黒い目でハルキを見つめてきた。
「あなたも人の事言えないでしょう? このマンション賃貸じゃないですよね」
「…………」
何故分かったのだろうと、首をひねる。確かにこの部屋は父親が買ったものだ。父の遺産を食いつぶしている自分の不甲斐なさにいらいらとして、視線をそらせた。
「俺の事はいいんだよ」
「じゃあ冷めないうちに食べましょう」
そう言われて、綺麗に盛り付けられた料理を一口食べる。瞬間頬が緩んだ。こんな美味いものは食ったことがない。
「美味しいですか?」
ハルキの表情の変化を読み取ったのか、ケイが微笑みかける。ハルキはさっと顔をこわばらせた。
油断していた。
「まあ、いいんじゃねえの」
わざとぶっきらぼうに呟いたハルキの言葉に、ケイは破顔した。
強い風が通り過ぎて、ぶわっと全身の毛が逆立った様な気がした。初めての感覚に動揺する。ただ呆然とケイの表情に見惚れていた。彼は不思議そうに笑顔のまま首をかしげる。
ざわりと鳥肌がたち、ハルキは体を震わせた。
え……? え? なんだこれ。なんだよこれ。
料理をふるまわれて笑顔を向けられる。人生の中で初めて起こったことばかりで、ハルキの頭はパニックになった。
この間とはもう人間が違う。
こいつ誰だよ。
だらしなく口を開けたまま呆けている自分に気づいて、顔を背ける。
心の内側が温かくなったような気がして、ハルキは心臓を殴りつけた。
「どうしました?」
「なんでもない」
もごもごと呟くと、そろりと料理を口に運ぶ。再び緩みそうな頰に力を入れた。
しかし、いくら美味しくとも、もともとほとんど食事をとらないハルキの胃袋では、食べられる量が少ない。少し申し訳なく思いながら、フォークとナイフを置いた。
「もう食えねえ」
「そうですか。少し作りすぎてしまいましたね」
特に何の感情も読み取れない口調で、淡々と皿を片付けだす。ハルキは自分の皿をとりあげようとして、ケイが差し出した手の指に触れてしまった。
ガチャン。
大きな音を立てて皿が落ちる。ケイが、ハルキの指が触れた瞬間、手を払うように引っ込めたのだ。驚いたハルキはケイを見上げる。瞳はまた闇のように光を失い、表情が消えていた。
俺には触られたくねえってか。
今度は心の内側がどす黒く淀んだ。
ハルキは音を立ててスツールから立ち上がり、ケイに背を向けてソファまで歩いていった。
カチャカチャと皿を片付ける音が聞こえる。あれほどあからさまに手を振り払われると、さすがに面白くない。料理の味など忘れ、口の中が苦くなった。
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