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第8話
ケイは毎日ハルキの部屋に入り浸るようになった。家を出ようとすると図ったようにやってきて、ハルキが寝ると帰っていく。どこかで見張られているようでぞっとしないでもないが、ハルキは抵抗する事を早々にあきらめて勝手にさせていた。死にたい彼に危機管理など必要ない。
ハルキはずっと一人で生きてきた。もちろん養ってもらっていた時期はある。しかし側に誰かがいた事はない。家族というものもあったが、他のそれとは違っていた。
膝を抱えて一人でいる事に耐えていると、段々と慣れていく。慣れてくると、一人でも何も困らないと、開き直る。開き直ると、もう一人でいるしかないと諦める。そして最終的に、どうでもよくなってしまった。
しかし、ケイが来るようになってから、静かな部屋が、音であふれるようになった。
足音。衣擦れの音。ドアの開閉音。咳ばらい。キッチンで料理をしている音。
ハルキに優しく話しかけるケイの声。
好意を抱いているのではないかと勘違いしてしまうほど、ケイの態度は柔らかだった。毎日通いつめ、二人で夕食をとり、他愛ない話をする。話しかけてくるのはほとんどケイからだったが、嫌な顔一つしない。
しかし、ハルキがケイに触れようとすると、急にケイの笑顔が消える。ケイはただひたすら、ハルキの素肌を避け続けた。服越しには、ケイからは触れてくる。しかし、ハルキからの接触はどれも許してもらえなかった。
ケイの態度に浮ついていた気分が、一気に叩き落される。そして、それは浮いていた分だけダメージが大きくなるのだ。
自分だって、今まで寝た男に肌を撫でられるのは気持ちが悪かった。嫌悪しか感じない。それと同じなのかと思うと、心がどんよりと曇る。ケイは決して、ハルキを受け入れているわけではないのだ。ただ何故か、優しい態度を取り続ける。この間のように、殴りもしない。ハルキは混乱していた。
なんにせよ、とにかく嫌な気分だ。気に入らない。
しかし、どうして避けるんだとは聞けなかった。それを聞くとケイが去ってしまいそうだからだ。
そんな事を考える自分に苛立ちを覚える。
しかし一度知ってしまった味はずっと舌に残るのだ。
ケイを拒絶できない自分に余計に胸が悪くなった。
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