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第9話

 お湯を沸かす音が静かな部屋に小さく響く。ケイは、ハルキがコーヒーが好きだと言うと、コーヒーサイフォンまで買ってきてしまった。 箱に詰まった高級そうなチョコレートがカウンターに置いてあり、ハルキは内心ワクワクしていた。チョコレートが好物なのだ。 しかし、そんな様子をケイには見せない。暇そうにあくびをし、ぼんやりとコーヒーを入れているケイを見つめた。  細く長い指と、所作や佇まいのせいで、ケイは何をしても様になる。細い体からは想像できない程の馬鹿力だが、傍から見ていると華奢な印象にうつった。 「どうぞ」  ハルキの目の前にコーヒーカップが置かれ、香ばしい匂いが漂ってきた。何年ぶりだろう。人が入れるコーヒーを飲むのは。  ケイが横に座るのを待って、カップに口をつける。喉を熱い液体が通り、思わずため息をもらした。 「おいしいですか?」  ケイの言葉に、ハルキは思わず「うまい」と言ってしまった。ハッとなって誤魔化すように俯く。ケイは微笑み、自分もコーヒーに口をつけた。  ハルキは待ちきれず、チョコレートの箱を引き寄せようとする。手を伸ばして箱に触れた瞬間、ケイががたんとスツールを動かす音が聞こえた。ハルキの体が触れそうになって、距離を取ったのだ。あからさまに。  伸ばしていた腕を胸に引き寄せる。  ちらりとケイを横目で見ると、ひんやりとした鋼鉄のように無表情だった。脳裏に父親の顔がよぎる。ハルキを拒絶する表情。  カタカタと体が震えた。青ざめながらも苛立ちがこみ上げ、ハルキはバン! とカウンターを叩いて立ち上がった。 「そんなに嫌なら出ていけ」 ケイに向き直る。彼は眉根を寄せて口を固く引き結び、俯いていた。 まるで何かに耐えるように。 一体何に耐えるというのだ。 そんな顔をするぐらいならここに来なければいいだけの話じゃないか。  無意識に手が伸びて、肩を掴もうとすると、ケイの体に緊張が走った。伸ばした腕を再び胸に引き寄せる。抱えるようにもう片方の手を添えて、俯いた。  目頭が熱くなるのを感じて、顔を腕でこすると、ケイに背を向けて寝室へ向かった。 「寝る」  ケイは何も言わない。  音を立てて寝室のドアを閉める。  布団にうつぶせになり、枕に顔をうずめると、涙があふれてきた。奥歯を強く噛んで、それ以上こぼれないように力をこめる。震える手で枕を掴み、唇をかんだ。 少しぐらい、触れたっていいじゃないか。  あんな風に優しく微笑むのなら。 行き場のない想いが心を掻き毟る。  しばらくして、カチャカチャと食器を片付ける音が聞こえた。  何なんだよあいつは。  拳を握り締めて、何度も枕を殴りつけた。

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