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第20話
足を骨折してから、ケイとの接触が増えすぎて、ハルキの頭は限界を超えようとしていた。
あんなにもあからさまに避けていたのに、なんの躊躇もなくハルキの体に触れてくる。
何かにつけてハルキに付き添おうとする。
リハビリに付いてきては見守っている姿は、まるで家族か恋人のようだ。
勘違いしてはいけないと、自分を戒める。しかし、もう誤魔化せないほどに、ケイに触れられる事が嬉しくてたまらない自分がいた。
温かい肌のぬくもりが、しっとりとした手が、触れるたびにハルキの思考は停止した。
この感触以外なにもいらない。
ずっとこのまま、この時間が続けばいいのに。
抱きついてあの首筋に顔をうずめたい。
背に手をまわして心臓の音を聞いていたい。
細くて長い、綺麗な指に自分の指を絡ませたい。
今ハルキの心はこれ以上なく浮ついて、欲深くなっていた。足は快方に向かい、一人でも歩けるようになり、そしてケイが側にいる。今がどれだけ幸せか、ハルキは噛みしめてうっとりとする。
しかし、いつ叩き落されるのかと、怯えてもいた。自分が幸せになっていいはずがない。きっと何か、思いもかけない落とし穴が待っているのだろうと。
ソファに座ってぼんやりとそんなことを考えていた。
けがをしてからのケイの献身的な態度は異常なほどだった。
今までの態度との差がハルキを怯えさせる。
手に入れてしまったら、失うのが怖いのは当然だ。
本当に手に入れられたのかどうかはわからないが。
ケイは俺を殺したいだなんて、本当に思っているのだろうか。
見張っているといいながら、ハルキのもとへ通い詰めてはいたが、けがに対して手厚く介助する必要がどこにあるというのか。
わからない事が多すぎて、ハルキの頭はぐるぐると同じような思考をたどる。
ふと後ろに気配を感じて、振り向こうとした。その首にひやりと手が当てられる。びくりと体を震わせて、ハルキは硬直した。触れたい触れたいと思ってはいるが、どうしても慣れない。緊張してしまう。うまく体が動かせなくなる。
「熱はないようですが、どこか痛みますか?」
ぼうっとしていたハルキを心配するように、ケイは隣に腰を下ろし、髪をかき上げるようにして、ハルキの額に自分のそれを軽く押しあてた。
呼吸が止まる。目の前にあるケイの顔。親が子供にするように、熱がないかと確かめている。こんなに近く、こんな風に、する必要なんてないのに。
すこし顔が離れて、ケイの吐息がハルキの頬に触れた。
ハルキは思わず、ケイの頬を両手で挟み、唇を押し当てていた。
何も考えていない、ただ衝動に身を任せた行為だ。自分が何をしているのかもわかっていなかった。
途端に、強く肩を掴まれ、体を引き離される。
我に返ったハルキは、ただただ狼狽し、そして軽く絶望した。
「悪い……」
ケイの顔が歪む。わなわなと震える唇の端が持ち上がり歪曲する。眉根を寄せて、口元を覆うとハルキから顔を背けた。目のふちが赤い。
ハルキは思わず逃げるように立ち上がる。
「わ、悪かった。忘れてくれ」
おどおどと言葉を吐き出すと、あわてて寝室に向かった。背後で深いため息が聞こえる。ぐっと息がつまり、それでも立ち止まらずに寝室のドアを後ろ手に閉めた。その場にへたり込む。
やってしまった。
果てしない後悔と慚愧の念。頭を抱えて髪をわしづかむ。
こらえきれない涙と、音を立てて割れた心がぼろぼろと零れ落ちた。
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