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第21-1話
眠れないまま夜が明けて、白々とした朝の光が窓から入り込んできた。キッチンの方から音がする。恐る恐る寝室のドアを開け、顔を出すと、ハルキに気づいたケイが笑顔を向けた。
「おはようございます」
ほっと息をつく。
「おはよう」
口から吐き出された声は消え入りそうなほど小さかった。
動揺しているのか、スツールに腰掛けようとして、体重をかける足を間違えた。まだ完全に治りきっていない足に激痛が走る。
「いっ……た……」
テーブルの端をつかんだまま、床に倒れた。
「大丈夫ですか?」
ケイが慌てて側によって来る。けがをしてからずっと自然に肩をかしてくれていたので、ハルキは無意識のうちにケイの体に手を伸ばした。
ぱしんと音を立てて手が払われる。ケイは軽く身を引いていた。
ああ。
終わってしまったんだ。あの甘い日々は。
自分のせいで。
「立てますか?」
何事も無かったかのように、ケイはハルキの腕を持ち上げる。ハルキは床に座り込んだまま、ケイの手を振り払った。
「そんなに俺に触られたくないのなら、あんたも触らないでくれ」
ケイの顔を見上げるのが怖い。
カタカタと震えながら、ハルキは両手で顔を覆った。
こんなのただの八つ当たりだ。
「あんたは俺のことを汚いとでも思ってるんだろ」
見知らぬ人間に体を売って。そうやって生きてきた事を初めて後悔した。でももう、戻れない。自分でしでかしてしまったことは、無かったことにはならないのだ。
ケイが黙ったままハルキの前に立っているので、恐る恐る顔を見上げた。
暗い瞳が真っ黒になって、もういったいどこを見つめているのかわからない。
冷たい表情で、ケイはハルキを見下ろしていた。
「そうですね」
ひんやりとした声で、ケイはそう言った。
ハルキの顔が歪む。喉がつまって息がしづらくなる。
「あなたは汚い。そんな手で、触れられたくありません」
目の前が真っ黒になった。ざっと血の気が引く音が聞こえたような気がした。唇がわなわなと震える。
これがケイの本心だ。
どこかで期待していた自分を殴りたくなる。
耐えられなくなったハルキは、誰かに自分をめちゃくちゃに痛めつけてほしくなった。
痛みがあれば、きっと意識がそちらにいく。
苦しくなんてなくなるのだ。
そうしてまた、同じ事を繰り返す。
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