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第48話 『恋人』の部屋

 夜。  典夫はバイトでいないし、テレビも見たいものをしていなかったので、知矢はネットで大好きな心霊動画を見ることにした。  しばらく兄とぎくしゃくする日が続いていたので、ここのところは見ていなかったが、知矢は怖い動画が大好きである。  でもその反面、ものすごい怖がりでもある。  ……でも今夜はどれだけ怖いもの見ても、お兄ちゃんがいてくれるもん。  知矢は嬉々としてパソコンの電源を入れた。 「ただいまー」  朝の約束を守ってくれたのか、いつものバイトのときより若干早く帰ってきた典夫を、知矢は玄関まで飛んで行って出迎えた。 「おかえりなさい、お兄ちゃん」  知矢の顔を見て、兄は少し心配そうな顔をした。 「……どうした? 知矢。なんだかちょっと顔色が悪いぞ? 体、まだ辛いのか?」  最後の言葉は少し声をひそめて、聞いてくる。 「え? う、ううん。そんなことない」  体はもう平気である。  このとき知矢が青い顔をしていたのは、ネットで見た動画が半端なく怖かったせいだった。  見たのがお風呂に入ったあとでよかったと、マジで思ったほどだ。  でなければ、シャンプーするときに目を閉じるのも怖かっただろう。  そういうわけで兄が遅い夕食を食べ、お風呂に入っているあいだ、知矢はリビングで見たくもないバラエティ番組を見て過ごした。  そして兄がお風呂から出て自室へ入るやいなや知矢は自分のベッドから枕だけを抱えて、隣室のドアをノックした。 「はい」  そろそろとドアを開けると、兄はベッドに腰かけ、ミネラルウオーターを飲んでいた。  その何気ない仕草がたまらなくかっこいい。  思わず知矢が見惚れていると、兄がふわりと笑った。 「どうした知矢、また怖い動画でも見たのか?」 「う、うん。入っていい?」 「いいよ」  冷たい美貌が甘くほころぶ。 「お邪魔します……」  知矢は少し緊張しながら、部屋に入り、兄の隣に座った。 「なに? 知矢。緊張してるのか?」 「だって……」 『恋人』になった典夫の部屋に入るのは今夜が初めてなのだ。  いつもの見慣れた部屋もなんだか違って見えてしまう。

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