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第23話 兄の不安
「母さん、知矢は?」
土曜日。典夫がアルバイトから帰ってくると、いつもはリビングでテレビを見ている知矢の姿がない。
部屋にもいないようだ。
「あら、典夫、聞いてなかったの? 知矢、裕二くんの家に泊まりに行ってるのよ。なんでもテスト勉強をするとかで」
「えっ?」
そんなの聞いてない。
なんにも聞いてない。
典夫はにわかに不機嫌になった。
……裕二という知矢の友人とは典夫も面識がある。
よく日に焼けた爽やかな少年。
不機嫌の中に不安が芽生え始める。
知矢はとてもかわいい。
もし、もしも、裕二という少年がゲイかバイだったら……。
いや。たとえノーマルでも知矢ほどかわいければ、ついフラフラッとよろめいてしまっても不思議じゃない。
そして華奢な知矢とそれなりにしっかりとした体格の裕二では力の差は歴然としている。
もし知矢が襲われでもしたら……。
考え出すとどんどん想像は悪いほうへ流れていく。
典夫は不安でたまらなくなったので、裕二に電話をかけることに決めた。
知矢の元気な声を聞くまでは安心できないし、この際だから泊まりなんてやめさせて、オレが迎えに行こう。
母親に電話番号を聞くと、典夫はさっそく電話をかけた。
ツーコール目で相手は出た。
「すいません。知矢の兄ですが、知矢、そちらにお邪魔してると聞いたんで」
〈えっ……はい。まあ〉
「少し用事があって。知矢、出してもらえませんか?」
〈えっ……、いや、あ、あの知矢、今ちょっと手が離せなくて〉
急にしどろもどろになる裕二。
なんとも言えない不安が込み上げてきた典夫は、重ねて願い出た。
「大切な用事なんです。知矢と代わってもらえませんか?」
〈…………〉
しばしの沈黙のあと、
〈すいませんっ……〉
裕二は謝った。
――こうして知矢のアリバイ工作は見事に見破られたのだった。
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