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「……さっき、親を殺したって、僕言ったでしょ?」
「はぁ、はい。言いましたね」
「事実だよ。僕はあの箱から出たくて、親を………とはいっても義理だけど。義理の親を殺した」
「箱入りって、監禁とかって意味だったんですか?」
箱から出たくて殺すだなんて、あまりにも物騒だ。外に出たくても出してもらえなかったなら、それは監禁されていたのと変わらないんじゃないか。
「――――――僕が育った場所は、納屋のような……物置小屋のような場所だよ。さっきも言ったけど、箪笥があったり、わらがあったり。とにかくいつも暗くて、狭くて、息が苦しいような、そんな場所」
僕が人とは違うから、隔離するためにそこに入れたんだと、両親は言ったよ。そう言って笑って、芳晴さんが俺の右手を両手で握った。
「……僕の美しさは、親にとっての道具だったんだ。着飾って、座って笑いかけて、そうしていれば、僕を見たいからって客がやってくる。わかる?朔。僕は、金が成る木だったんだよ」
「……………」
「正直、綺麗な格好をするのは好きだったし、別によかったんだけど、そういう生活は長く続かないでしょ?僕はずっと美しいけど、親の心はそれに比例してどんどん醜くなっていったんだよ。ある程度のお金、ある程度の地位。ある程度の贅沢。それを超越して一気に裕福になったからだろうね。もう、人間の心なんて、なかったんだ」
「……それ、で、殺した?」
俺が握られた手に視線を落としながらそう聞けば、うん。と短く芳晴さんが返事をした。
「どれだけ家が大きくなっても、どれだけのお金を得ても、僕はずっと納屋に居たよ。時間がきたら着飾って、人形みたいに座って、笑う。僕の価値はそれだけ。僕と言う個人に価値はないんだ」
それに耐えられなくて。芳晴さんはそう言うと口を閉じて、俺の右手から頬に手を伸ばす。両頬をむにっとつまんでから、ははっと笑って、手を離す。
「……なんすか、もう」
「僕がお前にあったのは、お前が五歳くらいの時だよ。だから、朔が覚えてない事なんてわかりきってるし、正直期待なんてしてなかった」
ハニーブラウンの髪の毛先を指でくるくると遊びながら、芳晴さんはよいしょ、と立ち上がった。
「芳晴さん?」
「出かけよっか、朔。ちょうどお昼だし。お前が大学に行くなら、新しい部屋も探すんでしょ?」
「は?」
部屋って、何。と小さく言葉が漏れた。
★
昼下がりとはいえ、それなりに街には人通りがある。
俺の目の前を歩く芳晴さんは、シックなワンピースを着て。綺麗に髪を結ってある。少し低めのヒールに、でもやっぱりすれ違う人はみんな魅入っていた。
「………」
と言うか、別に俺は事情さえ話してくれればあのまま芳晴さんと一緒に住むのは構わないし、そもそも離れたところで少し、心配だ。これを絆されているというならそうなんだろう。旦那様とか、ちょっと自分勝手な破綻した性格は治らないだろうし、それは芳晴さんの個性なんだろう。そもそもこの綺麗な外見で、性格までよかったらドン引きだ。それこそ人形じゃないか。
「朔」
ふと芳晴さんが俺の名前を呼んで、振り返った。
「? はい」
「―――そういえば、僕の話ばかりで、朔の事聞けなかった」
「俺ですか?俺はそんな、そこらへんにいる学生と変わんないですよ」
俺の事って言っても、当たり障りない人生だ。特に変わったことなんてないし、とそこまで考えて、ふと芳晴さんを見た。
「そこ、入るんですか?」
芳晴さんが足を止めたのは、本屋だった。少し小さめの本屋。
扉を開けて中に入ると、いくつかの本棚と、壁にぎっしりと写真集が並んでいる。
「……芳晴さん」
「? なーに?」
興味津々といった様子で本棚を眺めていた芳晴さんに、一冊の写真集を手渡した。暫く表紙を眺めた後、芳晴さんがページをめくる。
「空…の写真?」
「―――俺の好きなものです。青い空、夜空も好きですよ」
「朔の、好きなもの」
「さっきも言いましたけど、嫌いじゃないですよ。芳晴さんのこと。ただ、お互いの好きなものも知らないし、もう少し、歩み寄った方がお互いの為なんじゃないかなと、思うんですけど」
「……………………朔は、すごいね」
パラリとページをめくりながら、芳晴さんが感心したようにつぶやいた。ページに広がる青空や夜空に視線はくぎ付けのようだ。
「もっと好きになった」
「……そう、ですか…?」
「うん。僕が知らないことを知ってるし、朔は昔から変わらないよ」
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