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「僕は、お前を大事にしたいのに、お前が投げやりになってどうするの?お前が大事だから、答えを待ってるのに、今ここで無理やり刻んでも構わないんだよ?」 「……投げやり、じゃないですよ?」 「僕は、人間じゃない。だから朔が感じる感情のすべてを理解できない。でも、お前に嫌われるのだけは嫌だよ」  ぎゅっと、手を握る力が増して、少しだけ眉を寄せた。 「朔、お前が僕と住むのは同情?それとも、少しでも僕を好きになってくれた?」 覗き込むように首を傾げながら芳晴さんが俺の手を離した。ひんやりとした空気にさらされて、手が一気に冷える。それが少しだけ嫌で、自分で握りこんだ。 「………芳晴さんは、俺がどうして空が好きなのか、わかりますか?」  空は繋がっている。たとえ今自分がひとりでも、空で世界は繋がっているし、その下には人がいる。自分だけじゃない大勢の人が同じ空を見て生きている。  たとえ、自分が孤独でも。 「両親はずっと海外で、俺はほぼ一人で育ちました。そりゃあ、お金の仕送りはあったり、小さなころは帰ってきてましたけど。今はもうさっぱり。たまに連絡が来る程度なんです。小さなころから、ずっと広い空間に一人でした。おはようも、おやすみも、ただいまもいってきますも、俺には馴染みがないんです」 この部屋にきて、三日。誰かが家にいる感覚が、はじめてに近くて。 「……なんでもなくても、話が出来たり、話す相手が近くにいるのって初めてなんです。……空を見上げなくても、一人じゃないって、思えたんです。俺、言いましたよ?芳晴さんの事は、嫌いじゃないんです」 「………………僕、何回惚れ直せばいいかな」 「俺の話聞いてました?」 「聞いてた。バッチリ。やっぱり朔はかっこいいよ。かっこいいし、僕は大好き」  迷いのない好意も、初めての経験だ。いつも一言余計な芳晴さんは、俺を抱きしめた。 「朔、じゃあ、僕は朔から好きだって言うまで、待つことにする」 「―――言わないかもしれませんよ」 「言うよ。朔はきっと、誰かを好きになったら我慢できないタイプだもの。一緒に共有したいでしょ?そう言う特別を」  俺の体を離して、至近距離でにやりと笑う芳晴さんのほっぺをつねっておいた。  大学は、マンションからそんなに遠くない。けれど特別近いわけでもない。電車に乗って二駅ほど。時間にして三十分程度だ。芳晴さんに出会って四日目の朝はとても大変だった。ちょっとした事件だった。大学までついてくると言って聞かない芳晴さんをなだめていたら、遅刻した。  そもそも、背丈も俺とそんなに変わらない芳晴さんが俺を大学に送るのも目立つのに、迎えに行くとまで言い出した時はさすがに全力で止めた。おかげで朝から体力を使い切った。 「………おはよう、朝だよ」 「――――おはようございます」  土曜日、朝。昨日は大学に行ったはずなのに朝に使い切った体力のせいであまり記憶がない。講義の出席は足りていたからよかったけれど、単位が足りないと大変だ。 「朔、朝ごはん出来てるけど、食べる?」 「………食べます」  寝ていた体を起こして、背伸びをしながら芳晴さんに返事をすると、そう、と答えて俺の頭を撫でた。 「昨日はごめんね。少し焦っちゃった」 「いえ、大丈夫ですよ。単位は足りてたんで……留年はしなくて済みますし」 「人間は大変だね。勉学って、そんなに楽しいの?」 僕にはよくわからないや、と呟いて、芳晴さんが髪を後ろ手に結って早くおいでと歩き出す。着替えたら行きますと返事をしてから、脇に置いてあった携帯電話で時間を確認すると朝の八時だった。

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