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「ただい、ま……。あれ?どうしたの?難しい顔して」
着ていた薄手のカーディガンを脱いでソファの背もたれに放ると、キッチンに歩いてくる。
「いや、芳晴さんが帰ってくる前に何か作ろうかなと思ったんですけど」
「ほんと?僕の為に何か作ってくれるの?」
「いや、簡単なものしか作れませんよ?」
手放しで喜ばれると、少し照れてしまう。じゃあ簡単なもの何か作るんで、と言うと、芳晴さんは「うん!」と、子供の様にニパっと笑うとソファに向かった。俺は芳晴さんが脱いだカーディガンをしまうのを見ながら、よし、と腕まくりをして冷蔵庫を開けた。
やっぱり炒飯になったな、と一人で頭を抱えそうになった。本当にシンプルな味付けしかできないから、しょうゆとごま油に塩コショウだけ。いつも芳晴さんが作ってくれるようなものではないけど。
「わぁ、僕炒飯って初めて食べる」
「マジっすか。本物はもっとうまいっすよ」
「何を言ってるの朔。僕にはこれが本物だよ?いただきます」
本当にちょっと勘弁してもらいたい。何気ない一言が爆弾なんだといい加減自覚してくれないだろうか。
「うん。おいしい」
「…、それは、よかった、です」
参ったな、唐突に褒めるから顔が熱い。少し不自然に返事になってしまった。
「そういえば、どこに行ってたんすか?」
「ん?あぁ、僕にお金をくれる人にあってきたんだよ」
「――――――――はぁ?」
何をしてるんだこの人は。はぁとうなだれると、炒飯を食べながら芳晴さんが首を傾げる。「人間の感覚」が分からないから為せることなのか、単に常識が欠落しているのか、そこらへんは俺が正していくしかないのかと、もはやため息しか出ない。
「お金は要らないしって、全部返してきた」
「………はぁ」
「だから僕、今、収入はゼロ。働こうかなって、思って」
「その切り替えすごいっすね」
「でも僕働いたこともないし、人間のそういう………なんていうんだっけ、普通?それがよくわからないから、いろいろ覚えないといけないかな」
ごちそうさま、と手を合わせて、芳晴さんがおいしかったよ~と笑ってくれるのが、素直にうれしくて少しだけ目線をそらしてしまった。
頭を抱えることにも慣れてきた、芳晴さんと一緒に暮らし始めて三ヶ月。季節も変わって、秋だ。少しだけ朝は肌寒い。
大学に行って、このマンションに帰ってくるのにも慣れたし、道にも迷わなくなった、そんなある日、
「おはようござ……あれ、いない」
珍しく。この日はリビングのテーブルに書置きがあった。
「夕方には戻ります……、気を付けて大学に行ってね。朝ごはん、一緒に食べられなくてごめんなさい…?」
珍しいこともあるものだと頭をがしがしとかきながら書置きを手にして冷蔵庫に向かう。ぱこん、と小気味いい音を立てながら開いた冷蔵庫の中には、器に入ってサランラップがしてある、朝ごはんと付箋のついたおかずが入っていた。
「律儀な」
急いでいたなら、ここまで用意しなくても、俺は自分で作れるのに。
顔を洗って、着替えてからおかずをレンジで温めて、朝ごはんを済ませる。朝から芳晴さんがいないのはこの日が初めてだった。
ごちそうさまと手を合わせて、食べ終わった食器を洗ってからカバンを手にして部屋を出た。
電車に乗って、大学に向かう。いつも通りだった。いつも通りのはずで、いつもの駅に降りたはずなのに。
「…………どこだここ」
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