16 / 24

16

 殺してきた?殺してきたって言ったのか?今、芳晴さんは、殺してきたって。 「ころし、た?」 「朔を殺そうとしたから」 「………ま、って、芳晴さん、人、を」 「? 朔?」  どうしたの?と首を傾げる芳晴さんに、僅かに距離をとった。 「あの」 「? うん。どうしたの?僕、間違えた?」 「…………………生きてたん、ですし、何も殺さなくても」 「だめだよ。あの手の人間は、もう人としても生きていけない。死んで直すしかないんだよ」  僕を利用するように、今度は朔を人質に取って僕に交渉してきたんだから。と芳晴さんは眉を寄せながら言葉を紡いだ。 「……朔、僕が、怖くなった?嫌いになった?僕は、間違えたの?」 不安そうに聞いてくる芳晴さんに、なんて返せばいいのかわからなくて、握りこんでいた手を開いた。 掌に転がる小さな指輪に、芳晴さんがよかったと小さくつぶやく。わずかに乱れた髪が少しだけその表情を隠した。 「よしはる、さん?」 「ごめん、少し、泣きそうだ」 そういって顔をそらす芳晴さんの顔に手を添えた。指輪をズボンのポケットに戻して、両手で包むように芳晴さんの顔を自分の方に向ける。 「さく……?」 「芳晴さん、助けてくれて、ありがとうございます。でも、もう人は殺さないって、約束してください。芳晴さん自身を犠牲にするのも、駄目です」 「――――――――――――朔」 「だめですから、ね?」 こつんと額を合わせて、目をつむる。芳晴さんが小さく消え入りそうな声で「うん」と答えた。 「じゃあ、帰りましょう。俺、おなかすきました」  夜はやっぱり肌寒かった。小さく息を吐くと、前を歩いていた芳晴さんが振り向いて、俺と手をつないだ。俺が持っていたカバンは、すぐ近くに生えていた木の根元に置いてあって、携帯電話の電源は切られていたし、画面も割られていた。 「朔」 「はい?」 ゆっくりと帰り道を歩きながら、芳晴さんが小さく俺を呼んだ。 「なんですか?芳晴さん」 「朔は、僕を知っても嫌いにならないでくれる?」 「―――――俺が嫌いになるような事でも隠してるんですか?」 「……………………………………ううん。ただ、僕は朔と感覚が違いすぎるから、嫌われないと、いいなと思って」  ぴたりと足を止めて、芳晴さんは振り向くと、握っていた手を離した。 「なら芳晴さんは、俺が人を殺したり、自分勝手に出ていったら嫌いになるんですか?」 「ならないよ」 「同じでしょ」 「っ、違う。朔は僕と違うでしょ?僕は朔が好きだけど、お前は僕を好きじゃないじゃないか」  根本的に、違うんだよ。そう芳晴さんはこぼしてから、はっとしたように俺を見た。うん。そうか、と俺は少し目を伏せて、持っていたカバンの持ち手をぎゅっと握る。 「嫌いだって言えば満足なんですか?俺が、芳晴さんを嫌いだって」 「違うよ。僕は、人を殺すことが悪いって、思えなかった。朔が教えてくれるまで、誰かを殺めることが悪いことなんて、思えなかった」 「今は?」 「………朔がだめっていうなら、二度としないよ」 「それならよかったです」 嫌いになんてなりませんよ。そう笑えば、うん、と小さく答えて芳晴さんがまた歩き出した。

ともだちにシェアしよう!