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殺してきた?殺してきたって言ったのか?今、芳晴さんは、殺してきたって。
「ころし、た?」
「朔を殺そうとしたから」
「………ま、って、芳晴さん、人、を」
「? 朔?」
どうしたの?と首を傾げる芳晴さんに、僅かに距離をとった。
「あの」
「? うん。どうしたの?僕、間違えた?」
「…………………生きてたん、ですし、何も殺さなくても」
「だめだよ。あの手の人間は、もう人としても生きていけない。死んで直すしかないんだよ」
僕を利用するように、今度は朔を人質に取って僕に交渉してきたんだから。と芳晴さんは眉を寄せながら言葉を紡いだ。
「……朔、僕が、怖くなった?嫌いになった?僕は、間違えたの?」
不安そうに聞いてくる芳晴さんに、なんて返せばいいのかわからなくて、握りこんでいた手を開いた。
掌に転がる小さな指輪に、芳晴さんがよかったと小さくつぶやく。わずかに乱れた髪が少しだけその表情を隠した。
「よしはる、さん?」
「ごめん、少し、泣きそうだ」
そういって顔をそらす芳晴さんの顔に手を添えた。指輪をズボンのポケットに戻して、両手で包むように芳晴さんの顔を自分の方に向ける。
「さく……?」
「芳晴さん、助けてくれて、ありがとうございます。でも、もう人は殺さないって、約束してください。芳晴さん自身を犠牲にするのも、駄目です」
「――――――――――――朔」
「だめですから、ね?」
こつんと額を合わせて、目をつむる。芳晴さんが小さく消え入りそうな声で「うん」と答えた。
「じゃあ、帰りましょう。俺、おなかすきました」
夜はやっぱり肌寒かった。小さく息を吐くと、前を歩いていた芳晴さんが振り向いて、俺と手をつないだ。俺が持っていたカバンは、すぐ近くに生えていた木の根元に置いてあって、携帯電話の電源は切られていたし、画面も割られていた。
「朔」
「はい?」
ゆっくりと帰り道を歩きながら、芳晴さんが小さく俺を呼んだ。
「なんですか?芳晴さん」
「朔は、僕を知っても嫌いにならないでくれる?」
「―――――俺が嫌いになるような事でも隠してるんですか?」
「……………………………………ううん。ただ、僕は朔と感覚が違いすぎるから、嫌われないと、いいなと思って」
ぴたりと足を止めて、芳晴さんは振り向くと、握っていた手を離した。
「なら芳晴さんは、俺が人を殺したり、自分勝手に出ていったら嫌いになるんですか?」
「ならないよ」
「同じでしょ」
「っ、違う。朔は僕と違うでしょ?僕は朔が好きだけど、お前は僕を好きじゃないじゃないか」
根本的に、違うんだよ。そう芳晴さんはこぼしてから、はっとしたように俺を見た。うん。そうか、と俺は少し目を伏せて、持っていたカバンの持ち手をぎゅっと握る。
「嫌いだって言えば満足なんですか?俺が、芳晴さんを嫌いだって」
「違うよ。僕は、人を殺すことが悪いって、思えなかった。朔が教えてくれるまで、誰かを殺めることが悪いことなんて、思えなかった」
「今は?」
「………朔がだめっていうなら、二度としないよ」
「それならよかったです」
嫌いになんてなりませんよ。そう笑えば、うん、と小さく答えて芳晴さんがまた歩き出した。
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