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鬼城が言っていた「百目鬼」と言う人はこのマンションの最上階に住んでいるらしい。大家さんのようなものなのだろうか。すべての責任を担っている人らしく、戒さんが言っていた「百目鬼のところに行くように」と俺が伝えると、心底いやそうな顔をして、うわぁと声を漏らした。
「……それ、きっと朔も一緒に行かないと入れてもらえない奴だね」
「俺もですか?」
「だって、僕と暮らしてるし」
朝ごはんを食べ終えて、お風呂に入った芳晴さんの髪を乾かしながらそんな言葉を交わした。
「…………百目鬼に、朔を近づけたくないけど……仕方ないか…」
「芳晴さんって、本当に監視されてるんです?鬼城は行方不明だったって、言ってましたけど」
本当ですか?と長い髪にドライヤーをあてながら問いかける。一番弱い風でも、芳晴さんの小さなつぶやきは聞こえなかった。
「…………芳晴さん?」
小さく呼んでも、それ以上返事はなかった。
いつものように綺麗な女性の服に身を包んで。髪もまとめて、芳晴さんはよし、と腰に手を当てた。芳晴さんが言うには、女性の服の名前はとても多いらしく、着るたびに名前を教えてくれる。最近覚えたのは、しふぉんのわんぴーす。と言う服だった。芳晴さんは「食べ物みたいな名前だから憶えやすいでしょ?」と言って笑った。
今日着ているのも、芳晴さんがお気に入りの裾にフリルをあしらったワンピースだ。徐々に服の名前を憶えていく自分が少し怖い。
「よし、朔、行こう」
「………わかりました。最上階ですよね?」
「そう。最上階」
戦地だとつぶやいた芳晴さんに笑うしかなかった。
最上階はワンフロアが部屋。話には聞いていたけど、本当に扉が一枚しかなくて驚いた。なんてこった、部屋の掃除がめちゃくちゃ大変じゃないか。最初に思ったのは誰が掃除してるんだ、という疑問だった。
「………お前が、同居人?」
黒いスーツを着た、黒髪の男が目の前の皮張りのソファに足を組んで座っている。すごく偉そうだ。えらいんだろうけど。体格のいい男が黒いスーツを着ると堅気に見えなくて困る。
「あ、はい」
「ふぅん。で?皇。何か言いたいことは?」
腕を組んで、男が――百目鬼が芳晴さんに目を向ける。当の芳晴さんはため息をつくと、
「僕がお前にいう事は、ない。悪いことはしてないよ」
「そうか。人を殺して行方をくらまして、急に現れたら「監視してもいいから住まわせろ」とは随分勝手なことを言うな、お前は」
芳晴さんは腕を組んで、首を傾げた。
「それは違うでしょ?お前が言ったんだよ?最初に殺されたくないなら管轄下に入れって。僕は殺されないよ。朔がいるし、朔を一人にもしない」
「ふぅん。なら、お前はその人間が死んだらどうする?」
「朔に手を出したら、殺さない程度に痛めつけるよ。朔には殺すのはだめって言われてるし」
物騒な会話を隣でしないでもらいたいんだけど。うーんと明後日の方向を向いていると、芳晴さんが俺の手を掴んだ。
「え、芳晴さん?」
「帰ろう。時間の無駄だ。百目鬼、部屋の窓、直しておいて。僕は皇だ。百目鬼より上だよ。忘れないで」
行こう。と俺の手を引っ張り立ち上がった芳晴さんに引かれて、何が何だかわからないままに部屋を後にした。滞在時間はたぶん五分もなかっただろう。
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