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第30話
7月の中頃。火曜日の夜。
夜になっても蒸し暑くて、僕は風呂上がり、タンクトップとスウェットという、かなりラフな格好をしていた。
もっと暑いときは、上半身には何も身につけないんだけど。
家の中よりも、水気のある店の方が涼しくて、氷をいれた麦茶のコップを片手に店のカウンターで涼んでいた。
スウェットのポケットに入れていた携帯が震えたので見てみたら、望さんからの着信だった。
「もしもし」
『急にすまない。……今から、店に行ってもいいか?』
「え、今からですか?もう、お店閉まってるんですけど……」
『……佳純にお願いがあって。実はもう、店の前に来てる』
「え!?」と僕は慌てて、店の鍵を開けて、外に出ると、青いスポーツカーが道路を挟んだ向こうに停まっていた。
僕は早足で、望さんの車に近づきノックをした。
窓が開き、オールバックのキリリとした瞳の望さんが顔を出した。
一瞬、僕の方を見て、びっくりしていた様子だったけど、すぐに助手席のドアを開けて、車の中に入るように促した。
「すまない。急に」
「いえ、それよりどうしたんですか?」
「実は、明日懇意にしている瀬戸物屋が瀬戸物市に出店するんだが、バイトが急に来れなくなったらしい……それで、もし佳純に手伝ってもらいたくて……」
歯切れが悪く、尻すぼみになる望さんの声。
いつもは静かに堂々と喋っている印象なんだけどな。
「いいですよ」
あまりにすんなりと返事をしたので、望さんが呆気にとられている。
「……いいのか?」
「大丈夫ですよ。特に用事もありませんし」
「必ず礼をする」
礼なんていいですと断るも、ダメだと押し問答になり、結局望さんに食事を奢ってもらうところに落ち着いた。
「本当はこんな形じゃなくて、二人で瀬戸物市に行きたかったんだが……」
「前に約束しましたね。今度は連れていって下さい」
瀬戸物屋さんのバイト、どんな感じなんだろ。
目利きとか出来ないからなぁ。
「午前中は仕事があるから、午後から合流する。瀬戸物市は朝の9時から15時くらいまでだ」
「分かりました」
場所もここから二駅先の駅前でするらしい。
休日はいつもだらだらして終わるから、こんなバイトの予定を入れるだなんて、学生ぶりだ。
「それより……その、寒くないのか。その格好……」
望さんはちらりと俺のタンクトップを見る。
「お風呂上がりで少し暑くて……お見苦しい体をすみません……」
望さんと違って、ひょろひょろなのがバレバレだ。
「いや……細くて、綺麗な腕だと思う」
「え?」
「いや!何でもないっ。明日も早いから休んだ方がいい」
「あっ、そうですね!おやすみなさい!」
赤い顔をして焦った望さんなんて、レアだな。
見てはいけないものを見てしまったような気分になりながら、僕は車を出た。
もう一度、望さんは窓から顔を出した。
「せっかくの休日をすまないな」
「気にしないでください。おやすみなさい」
「おやすみ」
青いスポーツカーの赤いテールライトが見えなくなるまで、僕は見送った。
明日、予定があるって……何だかうれしいな。
――――
〈獅子尾目線〉
懇意にしている瀬戸物屋がバイトを探していると聞き、小野に声を掛けようとしたが、別件で動いてもらっているのを忘れていた。
同じく池村も別件で動いているから頼めない上に食費が掛かりすぎるので、やめた。
「佳純……」
明日は水曜日だし、花屋も休み。
もし、予定がないなら、頼めないだろうか。
引き受けてもらえたら……午後から合流して、3時のバイト終わりにお茶でもして、ドライブして、ごはん食べて……ってこれじゃデートだ。
いや、デートがしたい。
いつからこんなにも自分の欲望に忠実になってしまったのだろうか……。
仕事終わり、早速佳純の店の近くに車を停めた。
そういえば、気持ちの方が先走って、連絡するのを忘れている。
俺はスマホの電話のアイコンを押した。
このすぐ側に来ていることを伝えると、佳純は慌てて出てきてくれた。
その姿に俺は、見とれた。
タンクトップだ。
いつも隠れている二の腕が露になって、鎖骨や細い肩まで見えている。
助手席に座ってもらうと、風呂上がりなのか石鹸のいい匂いがした。
それが気になって、頼み事を上手く説明できない。
「いいですよ」
佳純は本当にすんなりと引き受けてくれた。
俺は仕事中に考えていたデート計画を思い出した。
帰ったら、お茶ができるところとレストランを探しておこう。
……今まで人のためにレストランを予約したり、自分だけの隠れ家を教えるなんてしたことがなかった。
佳純が絡むと、こんなにも俺は甲斐甲斐しく人のために動けるのかと自分でも驚く。
佳純以外には絶対にこんなこと思わない。
明日は午後から休みを取って、楽しもう。
休みの日に好きな人と会えるというのは、こんなにも嬉しいことなのかと俺は思った。
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