33 / 79
第29話
7月に入り、最初の火曜日。
望さんが店に来てくれた。
いつもと違うのは手に風呂敷に包まれた何かを持っている点だ。
「いらっしゃいませ!それ、何ですか?」
「これか……佳純に見せようと思って」
望さんは、風呂敷をそっと外すと花瓶が出てきた。
瓢箪のような形で口の部分が細くなっている。
たくさん花を差せるような感じではなくて、一輪挿しに使えそうな可愛らしい形だ。
「一輪挿しの花瓶ですか?」
「この間、瀬戸物市あってな。佳純にと思って買ったんだ」
「え!僕に……?」
「あぁ。良かったら、店にでも置いてくれ」
花瓶を受け取ると、思ったよりも軽く、色も白っぽく、側面にはピンク色の花弁が描かれている。
和風のものだけど、意外と白のバラとかを生けても素敵かもしれない。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、望さんはまた照れたように視線をそらす。
やっぱり照れ屋さんなんだな。
カウンターを挟んで望さんと話をしていると、小野くんが間に割って入ってきた。
「ちょっと、お客さん。うちの店長口説くのやめてもらえますぅ~?」
「小野、てめぇ……」
望さんの眉毛がピクピク動いている。
お、怒ってるのかな……?
「小野くん!花瓶もらっただけだから!」
「佳純さんは自覚無さすぎ!佳純さんは狙われてるんですよ、この野獣に!!」
小野くんは望さんを指差した。
社長さんに向かって指差して、野獣って……。
「小野、後で覚えてろよ。……佳純、今日は白い花が欲しい。会議室に飾りたいんだ」
「分かりました」
僕はいくつか白い花を選ぶため、店先のバケツに生けた花を見に行った。
――――
〈小野目線〉
最近、社長が佳純さんにベッタリだ。
まだ付き合ってもいないのに、食事に誘ったり、出かける約束をしようとしたり。
今日も花瓶をプレゼントしてる。
キャバ嬢に貢ぐ社長みたいな。……贈り物は渋いけど。
俺の知ってる社長は、冷たい。
表の社長の顔は、少しワンマンな所はあるけど、ビジネスに関しては優れた手腕を持ってて、多角経営も問題なく行えている。
……問題があっても、俺たちが排除してるけど。
佳純さんといると、社長は優しい顔をしてる。
本当に好きなんだなって思う。
俺も佳純さんといると、優しい気持ちになれる。
けど、それが怖くなるときがある。
裏の仕事をしてる自分がすごく醜く見えるから。
無感情に仕事をしないと、『掃除屋』は務まらない。
でも、心のどこかで、『花屋のお兄さん』になれたらいいのになと思ってしまうときがある。
社長も冷徹な気持ちを忘れてしまうんじゃないかな。
この社会は戦場だ。
たまの休息は大事だけど、休息が過ぎると手痛いしっぺ返しをくらう。
「社長、佳純さんにあんまりべたべたしないで」
佳純さんが花を選んでいる間、牽制した。
佳純さんにあまり肩入れしていると、いつか敵にバレてしまう。
社長の弱みが、佳純さんだということを。
目を細めて、俺を見下ろす社長も、俺が言わんとしてることが分かったらしい。
「……分かってる。けどな、止められねぇんだ」
「は?」
「佳純への気持ちが、止められねぇ」
店先で花を選ぶ佳純さんを見る社長の目は熱を帯びてて、見てるこっちが恥ずかしくなる。
「……あんま、べたべたしすぎないで下さいよ」
「何かあっても、俺とお前たちが守るだろ?」
不敵に笑うこの男は、頼もしくて、憎たらしい。
このヤクザの無茶振りがなけりゃ、俺らは動けない。
「望さん、こんな花はどうですか?」
オーダー通りの白い花を抱えて、社長の元へやって来た佳純さん。
穏やかな笑顔を見るたび、心が暖かくなる。
俺も、佳純さん病に冒されてるなぁ。
ともだちにシェアしよう!