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第29話

7月に入り、最初の火曜日。 望さんが店に来てくれた。 いつもと違うのは手に風呂敷に包まれた何かを持っている点だ。 「いらっしゃいませ!それ、何ですか?」 「これか……佳純に見せようと思って」 望さんは、風呂敷をそっと外すと花瓶が出てきた。 瓢箪のような形で口の部分が細くなっている。 たくさん花を差せるような感じではなくて、一輪挿しに使えそうな可愛らしい形だ。 「一輪挿しの花瓶ですか?」 「この間、瀬戸物市あってな。佳純にと思って買ったんだ」 「え!僕に……?」 「あぁ。良かったら、店にでも置いてくれ」 花瓶を受け取ると、思ったよりも軽く、色も白っぽく、側面にはピンク色の花弁が描かれている。 和風のものだけど、意外と白のバラとかを生けても素敵かもしれない。 「ありがとうございます」 お礼を言うと、望さんはまた照れたように視線をそらす。 やっぱり照れ屋さんなんだな。 カウンターを挟んで望さんと話をしていると、小野くんが間に割って入ってきた。 「ちょっと、お客さん。うちの店長口説くのやめてもらえますぅ~?」 「小野、てめぇ……」 望さんの眉毛がピクピク動いている。 お、怒ってるのかな……? 「小野くん!花瓶もらっただけだから!」 「佳純さんは自覚無さすぎ!佳純さんは狙われてるんですよ、この野獣に!!」 小野くんは望さんを指差した。 社長さんに向かって指差して、野獣って……。 「小野、後で覚えてろよ。……佳純、今日は白い花が欲しい。会議室に飾りたいんだ」 「分かりました」 僕はいくつか白い花を選ぶため、店先のバケツに生けた花を見に行った。 ―――― 〈小野目線〉 最近、社長が佳純さんにベッタリだ。 まだ付き合ってもいないのに、食事に誘ったり、出かける約束をしようとしたり。 今日も花瓶をプレゼントしてる。 キャバ嬢に貢ぐ社長みたいな。……贈り物は渋いけど。 俺の知ってる社長は、冷たい。 表の社長の顔は、少しワンマンな所はあるけど、ビジネスに関しては優れた手腕を持ってて、多角経営も問題なく行えている。 ……問題があっても、俺たちが排除してるけど。 佳純さんといると、社長は優しい顔をしてる。 本当に好きなんだなって思う。 俺も佳純さんといると、優しい気持ちになれる。 けど、それが怖くなるときがある。 裏の仕事をしてる自分がすごく醜く見えるから。 無感情に仕事をしないと、『掃除屋』は務まらない。 でも、心のどこかで、『花屋のお兄さん』になれたらいいのになと思ってしまうときがある。 社長も冷徹な気持ちを忘れてしまうんじゃないかな。 この社会は戦場だ。 たまの休息は大事だけど、休息が過ぎると手痛いしっぺ返しをくらう。 「社長、佳純さんにあんまりべたべたしないで」 佳純さんが花を選んでいる間、牽制した。 佳純さんにあまり肩入れしていると、いつか敵にバレてしまう。 社長の弱みが、佳純さんだということを。 目を細めて、俺を見下ろす社長も、俺が言わんとしてることが分かったらしい。 「……分かってる。けどな、止められねぇんだ」 「は?」 「佳純への気持ちが、止められねぇ」 店先で花を選ぶ佳純さんを見る社長の目は熱を帯びてて、見てるこっちが恥ずかしくなる。 「……あんま、べたべたしすぎないで下さいよ」 「何かあっても、俺とお前たちが守るだろ?」 不敵に笑うこの男は、頼もしくて、憎たらしい。 このヤクザの無茶振りがなけりゃ、俺らは動けない。 「望さん、こんな花はどうですか?」 オーダー通りの白い花を抱えて、社長の元へやって来た佳純さん。 穏やかな笑顔を見るたび、心が暖かくなる。 俺も、佳純さん病に冒されてるなぁ。

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