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第32話
駅前にはたくさんの店があって、お昼時だからかそれなりに混んでいた。
「望さん、何食べますか?」
「佳純が食べたいものでいい」
食べたいもの……お腹も空いてるし、がっつり食べてもいいかも。
駅前の商店街を見ていると、定食屋さんがあった。
店のメニューを見ると写真には大きなエビフライが載っている。
……食べたい。
「……入るか?」
あんまり凝視していたからか、望さんに気遣われてしまった。
「いや、でも……本当に望さん、食べたいものないんですか?」
「佳純が食べたいものを食べる」
「じゃ、じゃあ……ここで」
中に入ると、ちょうど席が2つ空いたため、そこに案内される。
メニューをもう一度見てみたけど、やっぱりエビフライが美味しそうだ。もう完全にエビフライの口になってしまっている。
「佳純はエビフライ定食か?」
「え!?何で分かってたんですか?」
「そんなに見てたら、誰でも分かる」
そんなに見てた……かなぁ?
だとしたら、何だか恥ずかしいな。
「望さんは何するんですか?」
「さっきからさばの味噌煮定食を探してるんだが、無いんだ……仕方がないから、鯵フライ定食にする」
メニューを見て、眉間にシワを寄せてる望さん。
そういえば、『ポタージュ』に行ったときも、さばの味噌煮定食を食べてったっけ。
「さばの味噌煮、好きなんですか?」
「煮魚が好きなんだ。身がふっくらしてて美味しいし、パサつかないし」
パサパサしてるの嫌いなんだ。
「じゃあ次、望さんに何か作るときは、さばの味噌煮作りますね」
「次も……作ってくれるのか?」
望さんは、驚いたように目を見開いていた。
「図々しいですよね……すみません」
「いや、違う。嬉しいんだ……また作ってくれ」
ほら、またそうやって笑う。
不意打ちは、ずるい。
運ばれてきたエビフライ定食のエビフライを齧りながら、僕はさばの味噌煮を頭の中で作った。
休憩が終わり、天心堂に戻る。
望さんは僕のバイトが終わるまで、他の店も回ってくると一旦別れた。
「戻りました」
「おかえり!じゃあ、今度は矢島くん、お昼食べてきなさい」
店長が矢島くんに休憩をとるように促した。
「はーい」と返事をしながら矢島くんが僕の傍までやってくると、耳元で「さっきの男の人、彼氏?」と爆弾発言をかましてきた。
「ちっ、違うよ!!そんな関係じゃないよ!」
僕は慌てて否定した。
どこをどう見て、そんな発想に!?
「え~だって、すごく仲良さそうだったしぃ……あっ俺そういうの偏見ないよ?」
「そんな心配してないよ!違うから!!早く休憩行ってきて!」
矢島くんの半ば強引に追い出した。
彼氏だなんて、そんなんじゃなくて……えっと、あっ!雇用主だから!!
それにこんな奴が望さんの恋人なんて、望さんが可哀想だ。
借金も返せたし、仕事までくれたんだから。
僕はそれで十分なんだ。
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