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第34話
このハンカチ、見覚えがあるような気がする。
「広げてみて」
望さんに促されるまま、ハンカチを広げる。
端の方に、「ねこしまかすみ」と書かれていた。
懐かしい……母親の字だった。
「これ、僕の……?」
そういえば、このキャラクター、昔大好きで文房具とかも、このキャラクターの物で揃えていたような覚えがある。
でも、どうして望さんが僕のハンカチを持ってるんだろう。
「やっぱり……思い出せないか」
望さんは何故だか、悲しそうな顔をしている。
思い出せないって……このハンカチ……そうだ、なくしたと思ってたんだけど……もしかして、あげた?
「俺は昔、佳純と会ったことがあるんだ」
「え!?い、いつですか!?」
全く記憶にない。
でも、小さい時だよな……幼稚園?小学生かな??
思い出そうとしても、なかなか思い出せない。
「思い出せなくても無理はない。佳純が小学生低学年の時だ。俺は中学二年の時で、……恥ずかしい話だが、その時の俺はだいぶ荒れてたんだ」
望さんは緑茶の入った湯のみを見つめながら、静かに話を始める。
「喧嘩もよくやっててな。怪我した俺を小学生だった佳純が心配してくれて……その時にこのハンカチをくれたんだ」
そういえば、断片的にだけど、そんなことがあったような……夕焼けに染まる公園で年上のお兄さんにハンカチをあげたような気がする。
細かいところは覚えてないけど。
「その時に、佳純が『クローバーが好き』って教えてくれてな。四つ葉のクローバーもくれたんだ。いつか、俺が店に来たら、クローバーで花束を作ってくれると約束してくれたが……覚えてないよな」
「す、すみません……僕、そんな約束をしてたんですね……」
「もう随分前のことだ。でも、佳純にクローバーを貰ってから、俺もクローバーが好きになったんだ」
バックミラーについたクローバーを思い出す。
お守りだと、言ってくれたあれは、僕がきっかけだったんだ。
「それから、16年経ったときにも俺たちは会ってるんだぞ?」
望さんはそう言うと、マグロを一貫ぱくりと食べた。
「ええ!?16年ってことは……僕が大学生の時?えっと……どこだろ……」
大学四年……大学で?いや、そんな覚えはないし……あ、バイト先?その時にやってたバイトって、レンタルビデオショップとホテルの短期バイトだ。
ん?ホテルの短期バイト……。
「あ、ホテルのバイトの時?」
「近づいてきたな」
「あの時は……パーティーをやってて、代わりにバイト頼まれて……」
ここから思い出せない。
なにせ、あのバイトは友達から頼まれたものだった上に、目の回るような忙しさだった。
「ヒント、クローバーのネクタイピン」
望さんはお寿司を食べながら、ヒントを出してくれた。
望さん……なんか、楽しんでませんか?
でも、そのおかげで何か思い出してきた。
思い出すのは、『落としましたよ』とネクタイピンを拾って……背の高い男の人に渡して……背の高い男の人……
「あ!!クローバーのネクタイピン!あの時落とした人って……望さん!?」
「思い出せたな」
あの時、ネクタイピンを落としたのって……望さんだったんだ。
「すごい偶然っていうか……運命的な感じですね?」
「まぁ……そうだな……」
望さん、顔が真っ赤だ。
運命的なんて、男同士で言うには恥ずかしかったかな?
お寿司をご馳走してもらった後、家に向かう。
瀬戸物屋さんのバイトも回らないお寿司も初めてで緊張したけど、楽しかったな。
それにしても、望さんと小さいときに会ってたなんて驚きだった。
「今日はありがとう。バイト助かった」
「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせてもらいました。それにお寿司までご馳走になってしまって……」
「いや、構わない。ハンカチもやっと返せたしな」
ポケットに入れたキャラクター物のハンカチ。
こんなハンカチをずっと持っててくれてたなんて思わなかった。
家に着き、車から出ようとすると、「佳純」と呼び止められる。
「実はな……そのハンカチをずっと持ってたのは……お前が、その……俺の初恋の相手だったからなんだ」
「……え?」
「小学生だった佳純が、その、あまりにも可愛くて……女の子だとずっと勘違いしてて……」
望さんは恥ずかしそうに目線をさ迷わせながら、告白してくれた。
確かに、昔はよく女の子に間違えられてたけど……。
「す、すみません!勘違いさせてしまって……!」
初恋が実は男だったなんて、結構ショックだったんじゃないかな。
勘違いとはいえ、望さんには申し訳ないことをしてしまった。
「いや……謝ることじゃ……それに、俺は今でも……」
望さんはゴニョゴニョと小さな声で呟いているが、よく聞き取れない。
「明日も仕事だよな?もう休んだ方がいいな!佳純、おやすみ」
「え?あっ、はい!おやすみなさい」
強制的に話を絶ちきられ、車のドアを閉める。
青いスポーツカーは、すぐに見えなくなってしまった。
初恋相手が男だったのを知ってて、それでも契約を結んでくれたんだ。
望さんって、本当に心が広い人だな。
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