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第36話
蝉の声が忙しなく、太陽はじりじりとアスファルトを照りつける。
8月になった。
「あっつぅぅぅ」
カウンターの机にほっぺたを擦り付けながら、小野くんが溶けている。
「カウンター、冷たい……オアシスぅぅ」
「小野くん、お客さん来たら、シャキッとしてね」
僕が注意していると、開け放していたドアから誰か入ってきた。
Tシャツにジーンズ、黒いハットを被った男の子。
「あっ、矢島くん、いらっしゃい!」
「佳純さーん!来ちゃいましたっ」
ニコニコと笑いながら、店に入ってきてくれた矢島くん。
学校の課題のフラワーアレンジメントの花の相談に来てくれたのだ。
「専門学校だから、夏休み少なくってさぁ……8月の中旬に先生に見せなきゃいけないんだぁ」
「そっか……大変だね。テーマとかあるの?」
「ズバリ、夏をテーマにしたフラワーアレンジメント!」
夏かぁ……。漠然としてて、確かに難しいかも。
「佳純さん……この子、誰?」
小野くんが、じとーっとこちらを見ている。
「あ、この前瀬戸物市で一緒にバイトした矢島清くん。美術系の専門学校に通ってるんだよ。矢島くん、この人は小野淳也くん。ここでボランティアというか……バイトしてくれてるんだ」
「よろしくお願いしますっ!淳也くん!」
「……キャラが被ってる……」
ぼそりと何か呟いたので、「え?」と僕が聞き返すと、小野くんはカウンターから立ち上がり、矢島くんを指差した。
「明るくて、人懐っこい、ワンコ系年下男子は俺の専売特許なのにー!」
「な、何言ってるの?小野くん……」
小野くんが暑さで壊れたかもしれないと思っていると、矢野くんは「淳也くん、マジ面白ーい!」と笑っていた。
小野くんが壊れてきたため、一旦休憩にすることにした。
冷たい麦茶と、水羊羹を買ってきたので、それを出した。
小野くんは麦茶をグビグビ飲み干した。
「生き返ったー!」
「生き返ってくれて良かった」
「この羊羹って塩入ってる?めっちゃうまい!学校の子にも教えたげよー」
矢島くんは矢島くんで、塩羊羹がお気に召したらしく、ケータイで写真を撮っていた。
「清はさ~、何歳なの?」
「俺は19!淳也くんは?年上??」
もうお互い下の名前で呼んでる。
コミュ力高いなぁ……。
「俺は21。呼びタメでもいいよ」
よびためって何だろう……若者言葉、分からない。
そんなに年も離れてないんだけどな。
「淳也くんはここのバイトさんなんだよね?花好きなの?」
「花が好きっていうか……」
小野くんは少し言い淀んで、ちらりと僕の方を見た。
そして、いつものイタズラっぽい笑顔で、
「俺、店の用心棒だから」
と言い放った。
「え!?何それ、かっけぇ!!」
矢島くんは一瞬ぽかんとしていたけど、次第にキラキラした目で、小野くんを見つめている。
「お、小野くん……」
「店長をお守りしてるんだよん」
「もう嘘ばっかり矢島くんに言わないで!」
小野くんはすぐに人をからかうんだから!
「佳純さーん、怒った?」
小野くんが下から覗きこんできた。反省しているのか、少しまゆげを下げて聞いてきたので、これ以上怒れない。
「怒ってないよ。あっ、お茶おかわり持ってくるね」
僕は台所にお茶を取りに行った。
――――
「佳純さんってさ……絶対男女ともにモテるよね」
矢島は小野をちらりと見ながら聞く。
「……少なくともファンは結構いるよ」
小野は台所に立つ佳純の背中を見つめる。
優しくて、純粋。
そこに猛烈に惹かれている人を小野は知ってる。
「ふぅん……」
「何?清も佳純さんのファンなの?」
「まぁ……ファン、かな。佳純さんキレイ系だし、優しいし」
「気を付けろよ。佳純さんには大ファンがついてるから」
あんまり佳純さんの近くに寄りすぎると消されちゃうかもよ
と、ファンになったかもと照れる清を横目に、真っ黒な小野が心の中で呟くのだった。
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