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第40話
「すみませんっ」
僕は高村さんに頭を下げた。
「いえ……それにしても、処理したはずのバラのトゲが何故、元通りになっているんでしょうか?」
「……分からないです。とにかく、もう一度、持って帰って、処理します……」
台車に乗せたまま、裏口に向かおうとすると、高村さんが「待ってください」と台車を止めた。
「今日はここで、作業しましょう。今日明日は誰もここを使わないので……私は一旦、この事を社長に伝えます」
僕は望さんの顔を思い出して、ドキリとした。
期待を裏切ってしまった。
自分のミスとは認めたくない……でも、結果的に予定を一日遅らせてしまった。
「……すみません」
目頭が熱い。
涙が出そうなくらい、悔しい。
「佳純くん」
高村さんは、僕の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。社長は佳純くんのことを一番に信用しています。……それに予定はこちらでなんとかしますから」
微笑む高村さんの顔を見て、じわりと目が霞んだ。
今、泣いちゃダメだ。
今はバラのトゲの処理と、余った花のことを考えなければ……。
「佳純さん!トゲ取り持ってきたよ!」
小野くんがお店からトゲ取りの道具を持ってきてくれた。
それから、後ろに誰かいるらしい。
「佳純。手伝いにきた」
小野くんの背後からひょっこり現れたのは、池村くんだ。
どこかで買ってきたのか、ポテトチップスの袋を抱えている。
「あと……もうすぐ来ると思うんだけど……」
小野くんがそわそわと裏口の方を見ていると、「佳純さーん!」と元気な声が聞こえる。
「矢島くん!?」
「佳純さんが困ってるって、聞いて来ちゃった!500本のバラのトゲ取りって聞いたから、友達も連れてきたよ!」
矢島くんの後ろから、3人友達が「こんにちはー」と入ってきた。
「こんだけいたら、すぐ終わるっしょ!」
矢島くんは、ニカっと笑って、バラのトゲ取りを友達と一緒に始めてくれた。
あぁ……だめ……泣きそう……
すごく助けてもらっている。
「皆、ありがとう……」
「トゲ取りは俺たちに任せて、佳純さんは余った花をどうするか、考えてよ!」
「うん……ありがとう。考えるよ」
トゲ取りはきっとすぐに終わる。
余った花はバラが200本、他の花は100本ずつ……他の花器に生け直す?
でも、花器は限りがあるだろうし……場所も取ってしまう……。
「すごく綺麗なバラだよね!結婚したら、こういう花をブーケにしたい!」
矢島くんの友達の一人である女の子が、バラの花を見ながら、楽しそうにおしゃべりしている。
「こういうの女子、好きそうだもんなぁ……。でも、その前に相手見つけないと」
矢島くんが女の子をからかうと、女の子は頬を膨らませながら、「うるさいなぁ!」と怒っている。
「こういうバラの一輪でもプレゼントしてくれる人がいたらなぁ~」
プレゼント……。
「それだ!!」
僕が急に大きな声を出すから、皆が驚いて一斉に僕の方を見た。
「来場者の方にバラを渡したら、喜んでくれるんじゃないかな?」
簡単な包装なら、ここでも出来るし、女性客へのサービスになる上に、花を無駄にせずに済む。
「あっ、それいいかも!」
「結婚式場だから、女性も来るし……」
矢島くんや友達、小野くんも賛同してくれた。
一度、高村さんに提案してみよう。
――――
〈獅子尾目線〉
高村からの報告に、俺は絶対に佳純はそんなミスをしていないと確信している。
一緒にトゲを取ったという小野の証言もある。
……佳純はあの女に、はめられている。
「あの女……どういうつもりだ?」
「さぁ……でも、彼女が会社と関わってから、サイバー攻撃や内部のパソコンをいじられています」
高村は、ボールペンを一本取り出した。
そのボールペンは俺から佳純にプレゼントしたもので、とある仕掛けをしてあった。
高村がボールペンの本体を何回か回すと、USB端子が出てきた。
そのUSBを高村のノートパソコンの端子に差し込む。
ノートパソコンから、音声が流れる。
それは、佳純と花園がカフェで打ち合わせをしている音声だった。
『このデザインのアレンジメントは、会場のあちこちに置く予定なの。だから、多目に欲しいわね。……ピンクのバラ500本と、白と黄色のガーベラ300本、カスミソウも300本、あとグリーンも少し入れたいから200本くらい欲しいわね』
『ピンクのバラ500本と、白と黄色のガーベラ300本、カスミソウ300本、グリーン200本ですね?』
『ええ。その本数でお願いするわ。それと、花はパーティーの日の三日前に搬入できるようにお願いしますね。搬入後、すぐに生けさせてよらいますので。それじゃあ、次のクライアントと約束がありますので』
花の本数も間違えていないし、佳純は間違えないように復唱までして確認している。
ボールペン型ボイスレコーダーを佳純に持たせておいて良かった。
小型であるため、電池がすぐ切れてしまうのが難点だが、同じものを二本用意しておいたので、小野や高村が佳純の隙をついて、ボイスレコーダーを交換していた。
池村がデータを保存し、そのデータは俺に渡るようにしている。
仕事のみの音声だが、時々小野と楽しそうに話していることに嫉妬してしまう。
嫉妬できるような関係ではないのに。
「花園さんに、この音声を突きつけますか?」
「いや、もう少し泳がせる」
佳純をはめたのは、かなり腹立たしいが、どうせならもう少し泳がせて、尻尾を掴みたい。
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