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第50話

目が覚めて、一番始めに感じたのは柔らかさ。 二番目に感じたのは、微かな吐息。 誰かが眠っているような、安らかな吐息。 首をその吐息の方向を向けると、 「ぅわ……っ!」 オールバックの黒髪を下ろして、ぐっすりと眠っている男前の顔が目の前に……!! 僕は、慌てて起き上がった。 ベッドの上で休んでいたらしい。 でも、何で望さんがここに……っていうか、ここはどこ? バタバタし過ぎたためか、望さんが小さく呻きながら、目覚めた。 「佳純、起きたのか」 「あ、あ、あの!何で望さんが……!?」 「覚えてないか……」 望さんは少し苦笑いしながら、起き上がる。 オールバックの黒い髪を下ろして、寝ていたためか、少し潤んだ瞳をしてる。 ワイシャツのまま寝てしまったのか、三番目までボタンを外し、開いた襟元からのぞく鎖骨からは何ともいえない色気みたいなものが出ている。 大人の色気ってやつなのかな……自分にはないものだな…… 「佳純?」 あんまりじろじろ見てたから、望さんが首をかしげる。 「あ、えっと……ここは?」 「俺の家だ」 「な、何で……」 「トラックの中に閉じ込められていた。医者に診てもらったら、命に別状はないとのことだったから、とりあえず俺の家に連れてきた」 淡々という望さんとは反対に僕はまだ頭の中で、はてなマークが浮かんでいる。 「どうして……トラックにいるって分かったんですか?」 「小野から連絡があって、佳純が戻らないと言われてな。探してたら……見つけた」 少し歯切れの悪い感じで答えてくれたけど、よくトラックにいるって分かったなぁ。 「そんなことより、佳純はどうしてトラックの中にいたんだ?」 「それは……花園さんが地下にあるパソコンがいっぱいあるところにいて、それが気になってしまって……それを見てたら、後ろから誰かに襲われて……気づいたら、トラックの中にいました」 そうだ。あの時、花園さんは何をしてたんだろう。 キョロキョロと周りを気にしながら動いていた様子から、良いことではないのだろう。 そして、僕をトラックの中に押し込めた人は誰だったんだろう……。 「すまない」 望さんは急に頭を下げてきた。 「な、何で謝るんですか……?望さんは何も……」 何も悪いことなんてしてないのに……。 「佳純を巻き込んでしまった……」 「巻き込むって……望さんは知ってるんですか?僕を襲った人を……」 望さんは言いにくそうに、視線をベッドのシーツに落とした。 はらりと少し後ろに流していた前髪が落ちた。 「……花園は、ヤクザの女だ」 僕は「ヤクザ」という言葉に心臓がぎゅっとなった。 だって、僕はついこの間まで、ヤクザに怯えて暮らしていたのだから。 「花園は天竜会の女で、俺の会社のデータを盗ろうとした。そこを佳純が見てしまって、消そうとしたんだ」 「消すって……」 殺すって意味だよね……。 あの冷凍庫の冷たさ、苦しさが蘇る。 「その天竜会は、獅子虎組と敵対してる」 「獅子虎組……?」 「俺は、獅子虎組の若頭だ」 突然の告白に僕は戸惑った。 こんなに優しい人がヤクザ? ヤクザに苦しめられていた僕は、ヤクザに助けられてたの? 「隠していて、すまない。ヤクザなんて言われても、困るし……怖いよな?お前には俺を拒否する権利がある。けど、その前に伝えたいんだ」 うつ向いていた望さんの顔が上がり、強い目線が僕を射抜く。 「俺は、佳純が好きだ。俺のものになってくれ」 強い言葉、強い目線。 この人は生まれつき、強く生まれた人なんだと思った。 「怖い思いをさせた。けど、佳純を守りたい。佳純のこと、ずっと想っていた。初めて声をかけてくれたあの時から、ずっと、ずっと……!」 大きな両手で、僕の両肩を包んだ。 暖かい。 ヤクザだと知って、驚いたけど、怖くない。 それはきっと…… 「すぐに……返事はできないです……」 僕は素直に答えた。 望さんはぐっと眉根を寄せた。 ちょっと泣きそうな顔が何だか僕にはおかしく見えた。 望さんは、優しいのだ。 「すぐには、返事ができないけど……お友達からでもいいですか?」 「俺のこと……怖く、ないのか?」 振られる覚悟だったのかな。 拍子抜けしている顔がやっぱりおかしい。 こんなにかっこよくて、誰からも恐れられる人なのに。 さっきの驚きと恐怖は、どこかへいってしまっている。 「怖くはないです。だって、望さんは優しいから」 僕が微笑むと、望さんはだんだん顔が赤くなった。 こんな顔を知っているのも、僕だけなのかな? 「お友達からでもいいですか?」 改めて聞き直すと、望さんは赤くなりながら、「あぁ」と返事をしてくれた。

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