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第51話
(結局、あんまりいい結果にはならなかったなぁ)
と清一はケータイの画像を見ながら、心のなかでぼやいた。
薫が獅子尾の会社に潜入して、データ盗んだのはバレ、あの花屋の青年、佳純も始末しようとしたが、失敗してしまった。
「あーあ、なかなか上手くいかないなぁ」
しかし、獅子尾……あいつだけは許せない。
絶対に借りを返してやる。
清一は心の中で、静かに復讐の炎が耐えないよう、燃やし続けた。
放り投げたスマホの画面には、獅子尾が執心している花屋の青年が笑顔で店に立っていた。
――――
オープニングセレモニーから一週間たった8月中旬。
まだまだ暑い日が続いている。
「ふぅ……」
僕は大きなバケツを店の奥に入れて、ため息をついた。
望さんから、告白を受けて一週間が経つ。
『お友達からで、いいですか?』
僕は、すぐに「はい」と返事ができなかった。
望さんのことは、好き。
優しくて、強い人だ。
でも、僕の好きって……望さんと一緒なのかな?
こういうの経験したことないから、分からないや。
「佳純さーん!この花はここでいいのー?」
「あ、ありがとう!そこで、いいよ」
小野くんもお手伝いしてくれるおかげで、店も順調に続けられているし、仕事も入ってくる。
いい事だらけで、ちょっと怖い。
カランカランと店のベルが鳴ると、そこには艶のある黒髪をオールバックにして、仕立てのいいスーツを着た背の高い男性が立っている。
少し強面だけど、男前だ。
「望さん、いらっしゃいませ!」
「佳純、おはよう」
望さんは僕に気持ちを打ち明けてくれた日から毎日お店に来てくれる。
表情も出会った頃に比べると柔らかい表情が多い。
(本気なんだな……)
僕もなるべくいつも通り接するようにはしてるけど、僕のことを好きってことを知ってるから……その、なんて言うか……
「佳純?何か俺の顔についてるか?」
「あ!いや、その……なんでもないです……あはは」
少し、見とれてしまった。
平常心、平常心。
「佳純、実は今日話があって……」
「はーい。社長は営業妨害しないで下さーい」
小野くんは僕と社長の間に割って入ってきた。
「小野……てめぇ、ふざけんな。何もやってねぇじゃねぇか」
「デレデレの顔で何いってんすか。佳純さんの邪魔しないでくださーい」
「デレデレだと……!?」
望さんが鬼の形相になる。
さすが、ヤクザの若頭は凄味が違うなぁと少し感心していると、店のベルが鳴り、初老の少し小太りの男性が入ってきた。
「はぁはぁ……佳純くん、こんにちは……」
「佐藤さん!こんにちは、大丈夫ですか?」
青いポロシャツは汗で色が変わってしまっており、頭からはダラダラと汗が流れている。
急いできたのか、少し息が切れている。
「佳純くん!お願いがあるんだ……白い百合をあるだけくれないか!」
佐藤さんはぱんっと手を合わせて、僕にお願いしてくる。
佐藤さんも花屋さんで、主に仏花専門で扱っている。僕と同じ、望さんが経営している冠婚葬祭の式場専属の花屋さんだ。
「いいですけど……何かあったんですか?」
「いや……こっちの発注ミスで、百合の本数が全く足らなくてね……今、知り合いの店に声をかけて集めてるんだ」
「そうだったんですね……今、持ってきます!バケツのままの方がいいですよね?」
「あぁ!お願いするよ!」
僕と小野くんは白百合をあるだけ大きなバケツに入れて、佐藤さんの軽トラに載せた。
「すまない!助かったよ……これで、何とかなりそうだ」
そう言いながら、佐藤さんは軽トラに乗り込み、斎場に向かっていった。
「佳純」と後ろから望さんに声をかけられる。
「あ、ごめんなさい。望さん、えっと話って……」
「あぁ、実はな、今度の夏季休暇を一週間取ることにしていて、毎年別荘で過ごしてるんだ」
「別荘……」
別荘持ってるなんて、やっぱり社長さんってすごいな。
「その、佳純も……どうだ?」
「え?」
「別荘、一緒に来ないか?」
「えーっと、僕、お店もあるし、それに結婚式の仕事も……」
「……そ、そうか」
本当は行ってみたいけど、やっぱり仕事は放ってはいけないし。
ちらりと望さんの顔を伺うと、明らかに残念がっているようで、しゅんとしている。
大型犬みたいで、ちょっと可愛い。
またもや店のベルが鳴り、今度は秘書の高村さんがやってきた。
「おはようございます。佳純くん」
「あ、おはようございます!高村さん」
「なかなか出社しないので、迎えに来ましたよ、社長。それで、香純くんは誘えたんですか?……って、その様子はうまく誘えなかったんですね」
「う、うるさい……」
高村さんは相変わらず望さんに対して手厳しい。
くるりと僕の方見て、優しく笑いかけてくれる。
「大方、仕事があるからと断られたんでしょう?」
う、バレてる。
「佳純くん。仕事熱心なのはいいことですが、仕事しすぎはいけません。仕事の効率を上げるためにも、休暇は必要です」
「で、でも……」
「結婚式場のお花は、他の花屋や直接問屋でも買えますし、一週間くらいなんとかなります。一応、それを見越して、私が調整しておきました。それに佳純くんだけではなく、私も小野くんも池村くんも毎年行ってますし、他の社員も来るんですよ」
「他の社員さんも?」
「うちの会社の避暑地みたいなもので、社員であれば、利用出来るところなんです。佳純くんもうちの大事な社員ですから、もちろん利用出来ます。給料のことが心配なら、有給という形も取れますよ。いいですよね?社長」
高村さんのプレゼン(?)能力に圧倒されながらも、僕も行っていいんだ……という嬉しさが湧いてくる。
「勿論だ。行こう」
さっきまでしょげていた望さんも優しく笑いかけてくれている。
「じゃあ……行きたいです」
こうして僕は、久しぶりの夏休みをもらうことが出来た上に避暑地まで連れて行ってもらえることになった。
こんなに夏休みが待ち遠しいなんて思ったのは、いつぶりだろう。
楽しみだな。
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