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第54話(松岡目線)

猫島さんが冷凍トラックに閉じ込められるという事件が起きてから、約一週間。 社長のドラマチックな救出劇もあり、猫島さんは事なきをえた。 ……だいたいそのあたりからだ。社長がおかしいのは。 いや、社長がおかしいのは前々からだけど、今回はさらにおかしい。 私、松岡百合が入社したのは6年前。 私はあまり感情を表に出さない方だが、この会社に入社できると知ったときは本当に嬉しかった。 だって、一流企業は給料がいい。 ボーナスだって他の中小企業より段違いだ。 つまり、私の趣味につぎ込むお金が増えるということ。 さらに……、 「社長、今日のスケジュールですが……」 ノンフレームの眼鏡を掛け直し、スケジュール帳を捲りながら、予定を伝える第一秘書の高村さん。 仕事が手早く、正確で、物腰も柔らかく女子社員の憧れの的なのだ。 社長の幼なじみらしく、気心知れた感じが言葉の端々に滲み出てて、何だかとても萌える。 社長も強面(こわもて)だけど、男らしく寡黙なところが、女子社員にも人気で、社内では「高村派」か「社長派」で別れている。 私はいわゆる腐女子というやつで、こういうイケメン同士のイチャイチャ(まぁ、普通の会話だけど)がたまらなく好き。 ……もっと言うと、「社長×高村さん」、もしくは「高村さん×社長」というような構図で考えるのが好き。 秘書課に配属になった時は、嬉しすぎて泣いた。(家で) しかし、最近はそれを上回るカップリングが現れた。 それが、 「佳純くんは誘わないんですか?」 「……まだ、誘ってない」 「せっかく連絡先知ってるんだから、メールで送ったらいいじゃないですか」 「昨日の夜から、ずっと文章を考えてるんだが、下心が透けて見えているようで……何度も消しては打ち、消しては打ちを繰り返していて……」 社長は社長室の机の上で頭を抱えている。 社長の想い人である、猫島佳純さんに送るメールのことで悩んでいるらしい。 「いや、あなたうまく隠していると思ってるみたいですけど、下心いつも透けて見えてますからね」 「そ、そんな透けてはないと思うが……」と社長は言い淀むが、私も高村さんと同意見。 だって、猫島さんの話をする時、社長の顔は緩んでいる。 いつもとのギャップが激しい。 まだちゃんと観察していないが、猫島さんと二人きりの時、社長の反応は一体どうなるのだろう。 見てみたい。 「松岡さんは今年の夏季休暇はどうするんですか?良かったら、一緒にどうですか?」 昨年は同人誌即売会に遠征に行ってたから、別荘地には行けなかった。 今年は特に予定は無い。 「今ならもれなく佳純くんもついてきますよ」 「行きます」 「きっと楽しいものが見られると思います」 高村さんは時々、私の(腐った)本性を見抜いているような言い方をすることがある。 私は、腐バレをしたことがない。ましてや異性で上司になんて絶対言えない。 「楽しみにしてます」 私は特に表情を変えずに返事をする。 「ヘタレ社長×花屋の薄幸美青年」のカップリングが見られるなんて、かなり美味しすぎる。 高村さんは、こちらに踏み込みすぎず、何気なく腐ネタを提供してくれるから素敵だ。私が勝手にそう思ってるだけだが。 「明日、直接言いに行く」 社長はまだ頭を抱えていたらしい。 「それがいいかもしれないですね」 「……高村、どうやって誘えばいい?」 こうして社長の悩みはエンドレスで続いた。

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