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第56話

昨日は結局眠れなかった……。 今日から一週間、望さんと一緒に過ごすかと思うと何だか緊張する。 朝食をとって、身支度を済ませると、スマホが震えた。 『おはよう。もうすぐ着く』 この短い文章は、望さん。 荷物を持って、花屋の前で待っていると、一台のマイクロバスがやって来た。 店の前で、マイクロバスが止まると、運転席の窓が開いた。 「佳純さん!おはよ!」 金髪にピアス。見た目はすごくチャラい感じだけど、人懐っこい笑顔がキラリと光っている。 「小野くん!……こんな大きな車、運転出来るなんて知らなかった……」 「びっくりした?俺、結構色んな免許持ってるんだ」 「そうなんだ……」 小野くん、器用だし、色んなこと出来そうだよなぁ。 「おい、早く佳純を乗せろ」と望さんが窓から顔を出した。 「はいはーい」と後部座席の扉が開くと、望さんが出てきた。 「おはよう、佳純。荷物、後ろに乗せる」 「あ、いや、自分で……」と言いかけたが、結局望さんに持っていかれてしまった。 中に入ると、望さんの他に、秘書の高村さんと松岡さん、池村くん(小野くんの同僚で、大食いのイメージ)、ウェディングプランナーの手塚さん、受付嬢の女の子二人と、それから会社の人が4人乗っていた。 12人の参加者だ。 「佳純、ここが空いてる」 望さんは一番前の二人がけの座席に座るように促される。 「あ、僕は一人用の座席でも……」 「佳純くん、望は今日をすごく楽しみにしてたみたいなので、一緒に乗ってあげてください。その代わり、望に変なことされたら教えてください。置き去りにするので」 爽やかな笑顔でニコリと笑いながら、高村さんは恐ろしいことを言ったような気がする。 「高村……!余計なことを……」 「僕も楽しみにしてたから……その、お隣に座ってもいいですか?」 「あ、あぁ……」 一番前の窓側に座り、横に望さんが座った。 旅行前のドキドキする感じ、本当に久しぶりだ。 「望さん、昨日は眠れました?」 「佳純の声を聞いたら、眠れた。佳純は?」 「僕は……旅行なんて、久しぶりで……ちょっと寝不足かもです」 本当は望さんとお泊まりなんて、すごく緊張してしまって眠れなかったとは言えなかった。 「少し眠ったらどうだ?」 「え、でも……」 「寝不足で調子が悪くなってもいけないし、別荘地に着くまでは、まだまだ時間がある」 こういう風に気遣ってくれる望さんは、優しくて好きだなって思う。 「じゃあ、あの少しだけ……」 眠れるかどうか分からないけど……目を閉じてるだけでも、少し違うかもしれない。 〈獅子尾目線〉 昨日は佳純の声を聞いたら、安心して休むことが出来た。 反対に、佳純はあまり眠れなかったようだから、少し休んだらと勧めた。 初めはなかなか寝付けなかったようだが、だんだん呼吸が深くなり、呼吸が安定してきた。 佳純の寝顔を見るのは2回目だ。 あの冷凍トラックに閉じ込められた日。 佳純を助け出し、俺の家に連れてきた。 俺のせいで、佳純を危険に晒したんだ。 もう、あんな危険な目には合わせない。 絶対に佳純を守る。 マイクロバスが、段差でガタリと揺れた。 その拍子に、眠っている佳純が俺の肩に寄りかかった。 あまりの近さに、胸が跳ね上がる。 スースーという呼吸が間近に聞こえ、心臓が早鐘を打つ。 一番危ないのは、俺かもしれない。

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