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第63話

「佳純」 誰かが呼んでる。 低い、心地よい声は…… 「ん……望さん……?」 「よく寝てたな」 「ごめんなさい……こんな格好で寝てて……」 僕が起き上がると、お腹の上で寝ていたクロスがびっくりして起きた。 そのまま床にストンと落ちると、細く開いた窓の隙間からするりと中に入っていった。 「クロスと寝てたのか」 「はい、つい気持ちよくて……」 「そうか」 よく寝ていたらしく、ここに帰ってきた時より陽が少し傾いている。 時計は2時半を指していた。 「もうお昼過ぎちゃったんですね……」 「佳純の分の食事は取ってある。ゆっくり食べたらいい」 さっきまで具合の悪そうだったのに、すっかり元の望さんに戻っていて、安心した。 「望さん、元気になってくれて良かった」 僕がニコリと笑いながら安心すると、望さんはほんのり赤くなりながら、短く「あぁ……」と返事してくれた。 「佳純もゆっくり出来ているみたいで安心した。俺の会社と契約して、忙しかっただろうし、あんなこともあったから……休んだ方がいいんじゃないかと思ってたんだ」 あんなこととは、きっとこの前の拉致のことだろうか。 あれは本当に危なかったけど、望さんが助けに来てくれたから、今こうやって安心して過ごせている。 「佳純……俺は、佳純を守る。どんなことがあっても」 強い眼差しは僕を貫く。 けれど言葉は強くて優しくて、温かい。 「ありがとうございます。望さん、僕……望さんへの気持ち、まだ自分でもよく分からなくて……返事は遅くなるかもしれないけど、必ず返事はするので……その……」 「いくらでも待つ」 言い淀む言葉の端をすくい上げるように、望さんは静かに、力強く返事をしてくれた。 僕もシャワーを浴びに、お風呂場に行った。 僕の家よりも広いお風呂場に少しびっくりしたけど、少し熱いシャワーを浴び始めた。 『いくらでも待つ』 望さんの言葉はすごく嬉しいけど…… 「このままじゃ、ダメだよなぁ……」 望さんの恋心に漬け込んで、待たせて、優しさを利用してるような、そんな気分になってしまう。 異性に告白じゃなくて、同性に告白するって、すごく勇気のいることだよね。 望さんはかっこいいし、強いし……僕にないもの何でも持ってる。 こんな僕のどこがいいんだろう。 これと言って取り柄もないし、花屋だって、望さんが支援してくれなくては成り立たない。 告白をもし断ったら……契約、打ち切りとか…… そこまで考えて、自分がすごく嫌な考えをしていることに気づいた。 「最低だ……」 望さんはそんな人じゃないのに……何考えてるんだろ。 どんよりとした気持ちでお風呂場から上がり、着替えをした。 あ、水着……どこで洗うんだろ……? とりあえず、自分の部屋で干そうかな。 僕は水着とタオルを持って、お風呂場に繋がる洗面所から出ると、ちょうど望さんと鉢合わせした。 「あっ、すみません!」 ぶつかりそうになった体に急ブレーキをかけて、なんとかぶつからずに済んだ。 「いや、大丈夫だ」 望さんの顔を見たら、シャワーしている間に考えていた嫌な考えがよぎり、何となく居た堪れない感覚に陥る。 「佳純?」 「あの、僕、ちょっと部屋で休んでます……っ」 僕は慌てて階段を上がって、部屋に戻った。 <獅子尾目線> 洗面所の前で鉢合わせしそうになった佳純は、何だか様子がおかしかった。 寝不足なのか、もしかして、具合が悪いのか? 部屋に閉じこもってしまったら、なんともしようがないため、そのままリビングでのんびり過ごそうとすると、廊下に紺色の布が落ちていた。 拾い上げ、広げると俺は思わず顔に熱が集まった。 こここここここ、これは………!? 佳純の水着!? 佳純が落としていったのか? というか、俺は水着ごときでなんでこんなに赤面しているんだ……! 下着ならまだしも、水着じゃないか! 「佳純に渡しに行くか……」 水着が無かったら、困るだろうし、渡しにいかないと……だが…… 佳純が身につけていたものをこうやって手に触れるのって初めてじゃないか? しかも、佳純の下半身に直接触れたものを……。 そこまで考えて、俺ははっとする。 これじゃあ、まるで変態だ! 真っ当な人間がやる事じゃない。 早く佳純に返すか、洗濯に出してやらないと。 「何あたふたしてるんですか?」 後ろから、高村の声が聞こえ、俺は思わず佳純の水着をズボンのポケットに突っ込んだ。 「お、お前、ビーチに居たんじゃ……」 「ビーチバレーをしてたんですけど、そろそろバーベキューの用意をした方がいいかと思って、戻ってきたんです。で、望は何してるんですか?」 「あ、いや、俺は……シャワーを浴びようとしてだな」 「……そうですか。それよりさっき何を隠したんですか?」 うっ……こいつ鋭すぎる。 「な、何も……隠してない」 こいつに嘘が通用しないのは分かってる。 分かってるが、これは隠し通したい。 「……まぁ、何でもいいですけど。早くシャワー浴びてきてください。その後、私も浴びますから」 高村は俺に疑いの目を向けながらも、リビングに戻っていった。 俺は溜息をつきながら、本日二回目のシャワーを浴びるのだった。

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