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第66話

無事、水着事件も解決し、バーベキューが始まった。 このバーベキューは他の社員さんも混ざって、食べることになっているらしい。 社員さんたち、緊張しないのかなと思っていたけど、お酒も入っているせいか意外と和気あいあいとしている。 「俺、肉食べよー!」 社員さんたちがバーベキューセットの周りにやって来たので、「取りますよ」と社員さんたちのお肉や野菜を取ってあげた。 「ありがとう、猫島くん」 「いえ、気にしないでください」 こういう場所だとどうしても世話を焼いてしまう。 性格だから、仕方ないんだけど。 考え事をしていると、肉や野菜が盛られたお皿が視界に入ってきた。 横を見ると、ウェディングプランナーの手塚さんが立っていた。 「バーベキュー奉行もいいけど、猫島さんも食べなきゃダメだよ」 「あ、ありがとうございます……こういうの初めてで……」 「そうなの?海にあまり来たことないとか?」 「あ、いや……僕の家、昔から花屋をしてて、忙しくて、あまりこういう旅行とかしたことなかったんです。だから、こうやってワイワイ誰かとご飯食べたりするの、慣れてなくて」 特に両親が亡くなってからは、働き詰めで、全く遊びにも行けなかった。 「そっか……じゃあ、今回の旅行はめいっぱい楽しまないとね」 目を細めて、優しく笑う手塚さんに頭をぽんぽんと撫でられる。 なんか優しいお兄さんみたいだ。 「佳純くん……あ、佳純くんって呼んでもいい?」 「あ、はい!大丈夫です」 「俺のことも、友則って呼んでよ。佳純くんは、なんかかわいいよね」 頭を撫でながら、かわいいなんて言う。 男でかわいいと言われてもなぁ……とちょっと困っていると、それが伝わったのか、「ごめん!」と急に謝ってきた。 「そんなこと言われても、嬉しくないよね……」 「あ!褒め言葉なんですよねっ?」 「うん……これは俺の最上級の褒め言葉だから。あのさ、佳純くんって……」 友則さんが何かを言いかけた時、「佳純」と後ろから声を掛けられる。 そこには望さんが立っていた。 「佳純、こっちに来てくれるか?」 「はい!友則さん、ごめんなさい。呼ばれたので行きますね」 「うん。また話してくれたら嬉しい」 「はい!失礼します」 僕はその場を離れ、望さんのところへ駆け寄る。 「望さん、何でしょうか?」 「佳純、ちゃんと食べてるか?」 「はい!バーベキューなんて久しぶりで……。すっごく楽しいです!!」 本当にこんなにお肉を食べるのも久しぶりだし、皆でワイワイ食べるご飯って美味しいって実感してしまう。 思わず顔もにやけちゃう。 「そ、そうか……」 望さんは僕から顔を背ける。 ちょっとにやけすぎちゃったかな? 「佳純、別荘に少し戻らないか?見せたいものがあるんだ」 見せたいもの? 僕らは別荘に戻り、望さんの部屋に行った。 望さんの部屋は、すごくシンプルで、必要最低限のものしか揃っていない感じだ。 だからかな?ベランダに通じる窓の傍にある大きな望遠鏡がすごく目立つ。 「大きな望遠鏡!望さん、星が好きなんですか?」 「昔から好きで、よく見てた。人には話したこともなかったし、望遠鏡もこの別荘にしか置いていない」 望さんは窓を開けて、望遠鏡を出す。 少し覗き込み、どこかに調整し、「覗いて見てくれ」と促される。 そっと覗き込むと、見事な黄金に輝く月が見えた。 「わぁ……すごく綺麗……クレーターまでしっかり見えますね!」 「あぁ。ここから見る夜空は本当に綺麗だ。夏も綺麗だが、冬も空気が澄んでて、綺麗に見える」 「そうなんだ……。こんなにゆっくり月を見るのは久しぶりかもしれないです」 ずっと仕事で、こんなにゆっくりとした時間もなかった。 だから、今回の旅行は本当に楽しみにしてた。 望遠鏡から目を離し、夜空にキラキラと散りばめられた星を見上げる。 「旅行に来て、本当によかった……。僕、今すごく楽しいです」 本心を包み隠さず、望さんに言うと、背中に温かいものを感じた。 望さんの腕にすっぽりと僕が閉じ込められている。 「の、望さん……?」 「好きだ」 望さんは後ろから僕を抱きしめると、耳元で囁いた。 急な告白に、思わず固まってしまう。 「すまない、急に……。でも、抑えきれなかった」 望さんの声は低く、切ない。 その声が僕の心をぎゅっとさせる。 「今、再確認した。俺はやっぱり佳純が好きだ。どんな奴にも渡したくないし、諦めたくない。ここに連れてきたのも、月を見せるためだけじゃない」 今、望さんはどんな顔で話してるんだろ。 「佳純がさっき、手塚と話してた時、俺は嫉妬してた。楽しそうな佳純の笑顔が他に向けられているかと思うと、胸が苦しくなる」 首筋にかかる息が熱い。 こぼれる言葉は僕の耳に入り、心を揺さぶる。 「楽しんでほしいと思っているのに、心の中は真逆のことばかり考えている。すまない、佳純……かっこ悪いところばかり見せてるな」 「そんなことないです。僕の方こそ、ごめんなさい……すぐに返事ができなくて」 僕はこの人に、すごく酷なことをしているのかもしれない。 そう思うと、望さんの腕を抜け出せず、ただ月夜に照らされながら、暫くこのままでいようと思った。

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