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第68話(松岡目線)

ビーチでの素晴らしき萌えを得た私は、一旦コテージに戻ることにした。 さっきあったことを同志たちに報告しなくては。 それにしても、さっきの社長の鼻血には驚いた。 社長は本当に猫島さんのことが好きなんだなぁ。 腐女子だから、男同士のイチャイチャをつい見てしまうけど、今まで他の男の子達とのイチャイチャとはやっぱり違うような気がする。 今まで観察してきた他の男の子たちは、なんというか、友達のじゃれ合いの延長線上みたいな感じで、それはそれで可愛らしいなって思って見てたけど、社長のは本当に真っ直ぐな愛情が見て取れる。 目線から、愛しいっていう気持ちが溢れてる。 そういう人に巡り会えるって、同性異性に関わらず素敵なことだと思う。 私もいつか、ときめく相手に出逢えるのかな。 ベッドに寝転びながら、同志たちに報告を済ませ、少し昼寝をする。 何もせずに、考えずにゴロゴロできるって最高。 惰眠を貪っていると、着信音が私を夢の世界から引き戻した。 慌てて、「もしもし」と電話をとる。 『松岡さん、すみません。高村です』 「高村さん?どうしたんですか?」 『実は今、今晩のバーベキューの準備をしているんですが、少し人手が足りなくて、もし良かったら手伝って頂けませんか?』 クールビューティな同僚であり、先輩の高村さんからの電話。 知的で紳士的な振る舞いが素敵だと、女子社員の憧れの的。まさに少女漫画から抜け出したようなキャラだ。 そんな素敵キャラが社長の幼なじみとか、メシウマ設定すぎる。 「是非、お手伝いさせていただきます」 言葉はいつもより冷静に、心の中は下心(観察欲)でいっぱい。 私は二つ返事で引き受けた。 社長の別荘は大きな別荘で、何人分の部屋があるのだろうと思わず窓の数を数えてしまう。 インターホンも押さずに、別荘を見上げていると「どなた様でしょうか?」と声をかけられた。 庭の手入れをしていてのだろうか、麦わら帽子を被り、軍手をした50歳くらいの男性がそこに立っていた。 人の良さそうな感じで、ほうれい線のシワが何だか優しげだ。 「あ、松岡百合と申します。獅子尾社長の第2秘書をしています」 「松岡様ですね。どうぞ、中へ。高村様がお待ちです」 紳士然りとした柔和な物腰が何だか落ち着くな。 同年代にはない空気感だ。 「お邪魔します」 玄関を開けると早速エプロン姿の高村さんが現れた。 これはかなりレアだ。 「松岡さん!待ってました」 「高村さん、お邪魔します。何をすればいいですか?」 「まず、野菜を適当な大きさに切ってもらえますか?この大皿に乗せておいてもらえたら、串に刺していくので」 大きなシステムキッチンに呼ばれ、説明を受ける。ピカピカのシンクの上には大量の野菜。 ベジタリアンもびっくりの量だ。 驚いている場合じゃないな。とりあえず、切らねば。 既に洗ったものと思われる野菜を手に取り、切れ味のいい包丁で切っていく。 さすが、お金持ちの包丁。硬い生の人参も茹でた人参のようにすっと刃が入る。 これは切るのが楽しくなる。(バイオレンスな性格はしてませんが) 「高村さん、社長は何をされてるんですか?」 気になっていた社長と猫島さんの動向に探りを入れるべく、高村さんに聞いてみる。 「社長ですか?今は散歩に出かけてますよ。ボーッとして、フラフラしてます」 「え、それ大丈夫なんですか?」 普段キリッとした人だから余計に心配だ。 「それにさっき佳純くんたちが社長を探してて……佳純くんの水着が無くなったとかなんとか……」 み、水着が……!? 猫島さんの水着……まさか、社長……! 「……それは、大変ですね」 内心、ドキドキしながらも、私は平静を装う。 でもでも、こんな美味しそうな話題、もっと深く掘り下げたい……! 「社長が佳純くんの水着に手を出したのかも……」 「ええ!?」 「……って、小野くんは疑ってましたけどね」 「あ、あぁ……小野くんが……」 私もそう思いますと同意したいけど。 野菜を切り終わり、先程の五十代くらいの男性がコーヒーを出してくれた。 「松岡様、お疲れでしょう?すみません、私も所用が終わりましたら、準備させてもらいますので」 「いえ、野菜を切っただけですし……。あの、あなたは……?」 別荘の管理人さんっぽいなぁとは思っていたけど、名前を伺っていなかった。 「申し遅れました。私はここの管理人の白井と言います」 「よろしくお願いします」 挨拶をし、コーヒーを一口すする。 わぁ……すごく香りが良くて、コクもある。 お茶菓子のクッキーも美味しい。 「コーヒー、すごく美味しいです」 「お気に召していただいたみたいで、良かったです」 白井さんはニコリと笑う。 目尻の皺に優しさを感じる。 「それにこのクッキーもコーヒーに合いますね」 「そのクッキーは白井さんの手作りなんですよ」 高村さんも一緒にコーヒーを飲みながら教えてくれた。 「白井さんのコーヒーは本当に美味しいんです。ね?白井さん」 「私自身、コーヒーが好きで、豆から買ってくるんです。坊ちゃん……あ、望様もそのコーヒーはお気に入りなんですよ」 「私もコーヒーが好きで、休日はよく喫茶店巡りをしているんです」 それを聞いた高村さんは、「だったら……」と何かを思いついたように提案する。 「明日の朝、一緒に朝食を取りませんか?」 「朝食をですか?」 「白井さん特製のブレックファーストとモーニングコーヒーが頂けるんですよ。白井さんが朝にしか出さない特別なコーヒーなんです」 「それは、是非頂きたいです」 白井さんは「そんな大層なものではないですよ?」と少し照れたような顔で笑った。

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