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第69話(松岡目線)
野菜の下ごしらえも終わり、白井さんは肉の調達に行った。
後は高村さん達だけで、できるとのことだったので、別荘をあとにすることとなった。
海を眺めると、陽は傾き始めていた。
コテージに帰ろうか、それとも海辺を散歩しようか色々考えあぐねた結果、散歩しながらコテージに帰ることにした。
バーベキューは夕方の六時くらいからだ。
まだ時間もあるし、ぶらぶらしよう。
ぶらぶらしていると、前から経理の山田がとぼとぼと歩いてくる。
やばい。絡まれる。
そう思った時には、時すでに遅く、「松岡さぁぁん!」とすごい勢いで近づいてきた。
「松岡さん、俺、松岡さんのこと探してたんたすよぉ!」
「は?何故?」
「受付の女の子達とお茶しようって誘ったんだけど断られちゃって……」
だろうな。
「松岡さん、俺とお茶でもどうですか?俺、松岡さんとお話したかったんですぅ!」
正直、すごくうるさくて、うざい……。
「ごめんなさい。今から社長のところへ行くところなんです」
あまりのウザさに思わず嘘をついてしまった。
「社長のところ?あーあの馬鹿でかい別荘っすか?何しに?」
「夕方からバーベキューをするので、それの手伝いに」
流石に社長の別荘まではついてこないだろう。
「じゃあ、俺も手伝いますよぉー!」
え。
何故。
「いや、本当に……大丈夫なんで……」
「社長の別荘ってこっちですよね?さ、行きましょ行きましょ!」
勢いに押され、しぶしぶ別荘に戻ることになった。
それにしても、勢いでついた嘘だし、今から別荘に行ったところで迷惑になるのでは。
今更ながら、馬鹿な嘘をついたことに後悔してしまった。
別荘に着いたら、なんて言い訳をしよう……。
別荘の玄関に繋がる庭の前まできて、何にも思い浮かばなかった。
「さ、松岡さん着きましたよー!」
経理の山田は、玄関まで走りそうな勢いだ。
困った。これはかなり困った。
「松岡様?」
そうこうしているうちに、買い出しから帰ってきた白井さんが後ろから声をかけてきた。
「し、白井さん……」
「どうかされましたか?何か忘れ物でも……」
「この人誰ですかぁ?もしかして、社長の使用人さんとか!?」
テンションダダ上がりの経理の山田はバカな発言をしている。
今度、人事課に言いつけてやる。
「使用人とか、超すげー!やっぱ、金持ちは違うなぁ!ね、松岡さん!!」
同意を求めないで。
もうやめてほしい。恥ずかしいから……あぁ、この場から消え去りたい……。
「松岡様、高村様がお仕事のことでお話かあると申しておりましたが、もしかして、そのご要件でこちらにいらっしゃったのではないですか?」
「え?」
「高村様は今、外に行かれておりまして、宜しければ、中でお待ちいただけますか?」
白井さんの柔らかな物腰とは裏腹に、なんだか断れない雰囲気に、ただ言われるがまま頷くしかなかった。
「お連れの方には申し訳ありませんが、極秘の内容との事でしたので、中に入っていただくことは御遠慮願えればと……。その代わりとはなんですが、別荘地の入口のお土産屋さんの半額券がありますので、これでご容赦していただけますか?」
白井さんは山田に一枚の券を渡す。
「そこのお店は海外ブランドの服や鞄などもありました。獅子尾の別荘の白井から貰ったと言っていただければ、いくつかお安く購入できると思いますので」
その店のパンフレットも白井さんが合わせて渡すと、山田は飛び上がった。
「こここ、このブランド品、全部半額で買えるんすか!?」
「はい。半額よりももう少しお安く買っていただけるかもしれません」
「松岡さん!俺、ちょっと買い物してきまーす!!」
山田は一目散に駆け出して行った。
私は恐る恐る白井さんの方を見る。相変わらず、穏やかな顔で笑っている。
「あ、あの……すみません、急に押しかけて……しかもウチの社員が失礼なことを……」
「美しい方は大変だ。引く手あまたですね。さ、コーヒーでもお入れしますので、どうぞ」
白井さんは、何でもお見通しなのだろうか。
何も聞かずに別荘の中に通してくれた。
「気兼ねなく来てくださいね」
キュン。
ニコリと笑った白井さんの笑顔にキュンときてしまった……。
初めて異性として男性にキュンとしたかもしれない。
夕方、バーベキュー中も白井さんを目で追っている自分がいて、確実に恋をしている自覚を持たざるを得ない。
いや、ひと夏の恋として散りそうな気もする……。
いつもだったら、社長と猫島さんを目で追って、妄想してるのに……。
「腐女子失格だな」
「何が失格なんですか?」
振り向くと、白井さんが立っていた。
「あ、いや……じょ、女子力ないなって思って」
「女子力?」
「私、白井さんみたいにクッキーも焼けないし、女の子らしい趣味もないし……」
「クッキーを焼ける男なんて、特に役に立ちませんよ。私は若くして社長秘書をしている松岡様の方が素晴らしいと思います」
「……白井さんは、私の持ってないものをたくさん持ってますよ。そんなに優しい雰囲気もないし、料理や家事の腕もないし……」
白井さんはそっと空になったグラスを私の手から取った。
「昔は色々無茶をしました。馬鹿なことも沢山してきました。自分勝手で傲慢で……こんな風に人のお世話をする仕事をするなんて思ってもみませんでした。……貴方は立派です。女子力がなくても、そうやって自分のダメだと思う部分を認める勇気をお持ちだ」
この人はどんな人生を歩んできたんだろう。
もっと、この人を知りたいな。
――――
次の日の朝、私は社長の別荘に行った。
朝食はシンプルに食パンとサラダ、コーンスープだ。
パンはモチモチだし、切れ込みの間にはバターがしっかり染み込んでいて、すごくおいしい。
「このパン、自家製なんですよ」
コーヒーを飲みながら、高村さんが教えてくれた。
白井さん、万能すぎる。
一家に1人欲しいレベル……。
「あれ?松岡さん?おはようございます」
猫島さんがダイニングに降りてきた。
少し寝癖がついてるから、今起きたのかもしれない。
「おはようございます。お邪魔してます」
「もしかして、白井さんの朝ごはん食べにきたんですか?」
「はい。すごく美味しいと聞いて、ご招待してもらいました」
「美味しいですよね。僕、今度、白井さんに料理を教えてもらおうと思ってて」
その料理教室、週五で通いたいです。
猫島さんと話していると、社長がダイニングに降りてきた。
「か、佳純……おはよう」
「お、おはようございます……」
なんだか、二人とも気まずそうにしている。
これは昨日、何かあったな……。
「昨夜はすまなかった。その部屋で……その……」
「だ、大丈夫です!!その、い、嫌じゃなかったし……」
え。
何この甘い雰囲気は。
社長、部屋で何をした。
猫島さん、嫌じゃなかったって……何をされたの……!?
「これは、今夜は赤飯ですかね?」
白井さんはニコニコと冗談なのか冗談じゃないのか分からない発言をする。
白井さんのことも気になるけど、やっぱり私はこの二人が気になる……っ!!
これからも観察し続けたいと思います。
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