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番外編:猫の日子猫 3
タワーマンションの最上階。
僕を連れて、望さんは自分の部屋のドアを開けた。
もしかして、指紋認証??
凄すぎる……。
「お前は大人しいな。俺の別荘にいるクロス……お前と同じ黒猫なんだが、イタズラばかりで困るやつでな。お前は大人しいから助かるな」
また、僕の頭をなでなでする。
クロスにあった時も思ったけど、望さんって本当に猫が好きなんだなぁ。
「『お前』ばかりだと呼びにくいな。名前でもつけるか……」
望さんはソファに座り、僕の体を抱き上げ、じっと僕の顔を見た。
眼光鋭く、何かを吟味する顔。
こういうキリッとした顔はやっぱり任侠の男って感じがする。
……考えてるのは猫の名前なんだけど。
「……カスミ」
え?
僕の名前?
「カスミ……。いや、さすがに痛すぎるか……」
誰も見ていないし、聞いていないけど、望さんの頬は真っ赤になっている。
僕もなんだか恥ずかしくなってくる……。
でも、僕は佳純だし、あながち間違いではないけど、望さんからしてみれば、好きな人の名前を猫につけようとしてるって所が恥ずかしいのかもしれない。
「とりあえず……クロにしておくか。クロ、ミルクをやろう。ちょっと待ってろよ」
カスミからクロになっちゃった……。
ちょっと寂しいけど、望さんが呼びやすい名前の方がいいよね。
小さな小皿にお湯で薄めたミルクをくれた。
猫ってそのままミルク飲めないのかなぁ?
僕が不思議そうに望さんの方を見上げると「どうした?早く飲まないと冷めるぞ」と顎をさすられる。
ん~それ、気持ちよくて、喉ゴロゴロしちゃう……。
僕はチロチロとミルクを舐める。
うん……やっぱり、薄い。けど、少し暖かくてお腹が満たされている感覚がある。
「お前、子猫だからか、毛が柔らかくて気持ちいいな」
また、なでなで。
どうしよう……頭なでなでがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
人間に戻っても、望さんになでなでしてほしいかも……って何言ってんだ、僕……。
「佳純の髪の毛も猫っ毛で柔らかいんだ」
ポツリとそう呟くと、望さんはスマホを取り出して、どこかに連絡している。
「小野。どうだ?……雑木林に佳純の携帯が……!?まさか、誘拐されたわけじゃないだろうな」
望さんがだんだん険しい顔になる。
誘拐というか、僕、ここにいるんだけど。
猫だから分からないか……。
自分の不甲斐なさに嫌気がさしていると、ぶるりと体が震え、くしゃみをした。
「大丈夫か?寒いのか」
話を終えた望さんが心配して、僕を抱き上げてくれた。
「クロ、お前、風呂入れるか?」
ざっぱーんっと湯船から大量に湯が出て行く。
望さんの大きな体と僕の小さな体が湯船の中に収まる。
「猫は大概、水嫌いなんだがな」
望さんはクスクスと笑っている。
僕はパシャパシャと水面を叩いてみた。
僕はお風呂大好きだから、嬉しくてたまらない。……ってことを表現してみた。
「クロは、人間みたいだな。風呂も入るし、車にも慣れているし、人にもよく懐く。クロみたいな猫が傍にいてくれたら、毎日癒されるな」
顎を撫でられる。
僕も望さんみたいなかっこよくて優しいご主人様なら、猫でもいいかもしれない……とか思い始めてきた。
「本当に可愛いな、クロは」
望さんは僕の鼻にちゅっとキスしてくれた。
僕は一瞬何をされたのか分からなかったけど、どんどん体が熱くなるのが分かる。
あぁ……だめ、頭がぐるぐるしてきた。
「クロ!?」
望さんの困惑した声を最後に僕の意識はブラックアウトした。
暖かくて、いい匂いがする。
鼻をぴくぴくと動かしながら、パチリと目を開けると、Tシャツ姿の望さんが僕を抱きしめながら、眠っていた。
抜け出すこともせず、ただされるがままにじっとしていた。
鼻筋の通った綺麗な顔。
男気もあって、心根もすごく優しい人。
さっきは猫がいいなって思ったけど、望さんとお話したり、ご飯を食べたい。
猫の姿じゃ、それは叶わないもん。
僕、やっぱり、人間に戻りたい……!!
――――
「佳純……!大丈夫か?」
僕は望さんの声でハッと目が覚める。
「望さん……?あれ、ここ……お店?」
見渡すと見慣れた花屋の風景。
窓の外を見ると、もう黄昏時になっており、電気をつけていなかった店内は薄暗くなっている。
「佳純、探したんだぞ。携帯も繋がらなかったし」
「あ!荷物……!!」
あの神社に全部置いてきちゃった。
僕が慌てていると、ドンとカウンターの上に携帯と財布、そしてブリと大根の入ったエコバックが置かれた。
「あれ?荷物……どこで?」
「スーパーの近くの雑木林の中で見つけたんだ。……誘拐されたかと思った」
「心配かけて……ごめんなさい」
望さんはカウンター越しから僕の体を抱きしめた。
暖かくて、ミントのようなオーデコロンの香りがした。
「無事でよかった……」
望さん、腕が少し震えてる。
「ありがとうございます……」
「佳純がいなくなったらと思うと気が気じゃなかった」
「ごめんなさい……心配かけて……。あの、ご飯食べますか……?」
こんな時に呑気にご飯を誘っていいものか迷ったけど、望さんは微笑みながら頷いてくれた。
「俺も佳純とご飯を食べながら、話したいことがあるんだ。佳純が帰ってくる二時間くらい前にこの店の前で子猫を拾ったんだ。ここに来た途端、どこかに行ってしまって……」
え?
「それって、もしかして、黒い子猫ですか?」
「何だ、やっぱり佳純の知っている猫なのか。店のドアをカリカリかいていたらしいぞ」
僕にはもうどれが現実か分からないけど、ふふふと思わず含み笑いしてしまう。
「何だ?」
「その猫、僕の親友なんです」
来年の猫の日は、普通に過ごせますように!
終
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