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第70話
避暑地に来て、あっという間に五日が過ぎた。
そんなに運動が得意じゃない僕も五日も海で泳げば、体も慣れる。
海で泳ぐ楽しさも、ビーチバレーの面白さも知ることが出来た。
朝、カーテンを開けるとどんよりとした曇り空。
今日は外では遊べなさそうだな。
そんな事を思いながら下に降りると、望さんがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
「望さん、おはようございます」
「佳純、おはよう」
髪を後ろに流して、長い足を組みながら新聞を読む様は、モデルさんみたいだ。
コーヒーカップを持つ骨ばった手を見て、思わず一日目の夜に抱きしめられたことを思い出した。
あの時はドキドキしてしまって、何も言えなかったけど、こんなかっこいい人に好きだなんて言ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。
けど、同性同士だし、しがない花屋が大企業の社長とお付き合いなんてできるのかなって思うとやはり自信が無い。
「佳純、大丈夫か?」
「え!?だ、大丈夫です!!あの、もう少しで旅行も終わっちゃうなぁって思うと寂しくて……」
「そんなにブンブン頭を振ると取れるぞ?」
ふっと笑う望さん。
うう……望さんの笑顔は反則なんですってば……。
「明後日のお昼にはここを出る予定ですので」
テーブルにトーストと目玉焼きのお皿を置きながら、高村さんが現れた。
「高村さん、おはようございます!朝食もありがとうございます」
「おはようございます、佳純くん。旅行楽しんでくれているようで何よりです。望、今日はここの掃除をするので、手伝ってくださいね」
「分かってる」
新聞に視線を落としながら、望さんは返事をする。
「掃除をするんですか?」
「はい。毎年帰る前に掃除をして帰るんです。自分たちの別荘ですし、白井さんばかりにさせては申し訳ないので」
「良かったら、僕もお手伝いしてもいいですか?」
一週間も使わせてもらったのだ。感謝の意味を込めてお手伝いしたい。
それに、「佳純はちゃんと休め」と望さんに言われて、家事などは本当に簡単なものしかさせてもらえなかったので、うずうずしていた。
「それは助かります。……望も佳純くんが一緒の方がやる気が出ると思いますし」
「高村……うるさいぞ」
新聞で顔が見えないけど、言葉は怒っていると言うより、照れ隠しのようにも聞こえた。
朝食を食べた後、僕はリビングの掃除から始めた。
とても広いリビング。うちの小さな居間を掃除するのとは勝手が違いそうだ。
とりあえず、窓を開けて、棚やテレビにはたきを掛ける。
いつも綺麗にしてるからか、あんまりホコリらしいものも落ちない……。
普段掃除しないところをしないとあんまり意味無いような気がする。
「よし」
椅子を用意し、あまり掃除をしないであろう天井の電気のホコリを落とそうと思った。
椅子の上に立って、ホコリを落とそうとしたけど、ギリギリ手が届くくらい。もう少し、手を伸ばそうとした時、ぐらりと足元がふらついた。
(あ、ヤバい……っ)
椅子から落ちそうになり、思わず目をつぶったけど、……あれ?
いつまで経っても痛みが来ないどころか、人肌に包まれているような……。
「佳純くん、大丈夫?」
見上げるとどこかほっとした様子の友則さんがいた。
「え、友則さん?」
どアップの爽やかイケメンさんの顔をじーっと見つめ、やっと自分の置かれた状況が分かった。
どうやら自分は椅子から落ちそうになったところを友則さんに抱きとめてもらったらしい。
友則さんの逞しい腕の中に収まってしまっている自分の貧弱さが恥ずかしい……。
「あ、あああの!!ごめんなさい!!」
友則さんから離れると、あまりの吃り具合に笑われてしまう。
「ううん。俺は大丈夫。それより佳純くんは大丈夫?」
「はい……おかげで怪我をせずにすみました。ありがとうございます。あの、友則さんはどうしてここに?」
友則さんはここのリゾートのコテージに泊まっていたはずだ。
どうして、望さんの別荘に?
「あぁ、秘書の高村さんに本を借りててね。明後日には帰るでしょ。その前に返しておこうと思って」
何やら難しそうなタイトルの本を二冊見せてくれたけど、さっぱり分からなかった。
「高村さんに電話したら、別荘に上がってもいいって言われて、リビングに上がったら佳純くんが倒れそうになってたから、思わず……」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
偶然とはいえ、すごいタイミング。
人様の別荘で怪我をしたら、望さん達に迷惑をかけてしまう所だった。
「何しようとしてたの?」
「今日は、帰る前にみんなで別荘の掃除をしようってことになって、天井の電気のカサを掃除しようかと思ってたんです」
「そうなんだ。結構高い所なんだね。……良かったら、その雑巾貸してくれる?」
友則さんに雑巾を渡すと、椅子に乗って、すぐに雑巾でカサを吹いてくれた。
背が高いから、椅子の上でフラフラせずに安定している。
やっぱり背が高いのって羨ましいな。
「終わったよ」
「ありがとうございます。なんか、助けてもらってばかりですね」
バーベキューの時も僕のことを気にかけてくれて、さらに今回は掃除まで手伝ってもらった。
友則さんは優しい人だな。
「佳純くん、頑張り屋さんだからかな。つい助けたくなるっていうか……。前、花園さんに意地悪された時、助けてあげられなかったからさ」
フラワーアレンジメント担当の花園さんに花の本数が違うと言われた時、何とか他の人の助けを借りて事なきを得た。
友則さん、その事を気にしててくれたんだ。
「いや、あの時は友則さんも他のお仕事で忙しかったでしょうし、僕の責任でもあると思うので、本当に気にしないでください」
僕がにこりと笑顔で返事をすると、友則さんは少し困ったような顔をした。
少し何かを迷ったあと、真っ直ぐ僕の方を見つめた。
「あのさ、佳純くん……君って」
「あれ?手塚さん?」
リビングのドアを開けて高村さんがやって来た。
「あ、高村さん、勝手にすみません。本を返しに来ました」
「あぁ、わざわざありがとうございます。一昨日貸したばかりなのにもう読めたんですか?」
「速読、得意なんです。特にこういう経済学は好きな分野なのでスイスイ読めました」
「それは良かった。今回はあまり持ってきていませんが、また面白い本があった時には貸しますよ」
「ありがとうございます」
大人の会話で、僕は二人の会話をぼーっと子どものように聞いていた。
「大掃除ですか?」
「はい、そうです。明日にはここを出ますし、最後に掃除をみんなでしていて」
「もし、良かったらお手伝いさせてもらえませんか?」
突然の申し出に高村さんと僕はキョトンとなった。
「こんな素敵なリゾート地に招待してもらったし、バーベキューまでご馳走になったので、良かったらお手伝いさせてもらいたいんです。それに……」
友則さんはちらりと僕の方に目を向け、「佳純くんが怪我しないようにサポートしてあげたいんです」といたずらっぽく笑った。
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