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第6話(獅子尾目線)

〈獅子尾目線〉 佳純に出会ったのは、俺が中学二年生、佳純が小学生二年生の時だった。 あの頃の俺は、反抗期真っ只中で、父親やクラスメイトとも反りが合わなかった。 特に学校は私立のエリート学校で坊っちゃんばっかの男子校。 何にも面白くなかった。 唯一の友達は、クラスメイトの高村幸彦だけ。 高村は父親同士も仲が良くて、小さい頃からの友達だ。 俺は他人と接するのが苦手で、口下手、しかも顔もいつも表情がないように見られるからか、「怒っている」とよく勘違いされる。 反対に高村は、頭もよく、人当たりもいい。 常に誰かに話しかけられている。 「(のぞむ)は、もっと人と話をするべきだよ。話したら、意外と面白いんだからさ」 望とは、俺の名前。 「話すと意外と面白い」の意味が、大人になった今でもよく分からない……。 話が逸れたが、人間関係の煩わしさに俺は学校をサボるようになった。 だいたいはすることなくて、公園で昼寝したり、海を見に行ったり……意味のない惰性のような時間を過ごした。 ある日の夕方、町を歩いていると、高校生くらいのヤンキーが俺に絡んできた。 向こうから先に手を出してきたので、俺も殴り返し、そのままケンカになってしまった。 近所の奴等が警察を呼んでいるのに気づいて、「さすがにヤバい」と思い、走って逃げた。 「はぁ……っはぁ……!」 全速力で逃げ、公園に逃げ込んだ。 オレンジの夕日が、遊具を照らしている。 鉄棒の伸びた影や、ブランコが少し揺れている光景に、俺は少し寂しくなった。 「何、やってんだろ……」 唇の端が切れて、口の中に鉄の味が滲む。 ベンチに座り込み、白い砂の地面を見つめた。 さっと影が足元に見えて、頭をあげると、そこにはサロペット姿のショートカットの女の子がいた。 「おにいちゃん、だいじょうぶ?」 心配そうに覗き込んできたため、「大丈夫……」と小さく答えた。 本当は一人にしてほしいんだが……と思っていたが、小さい子どもだ。そんなことお構いなしに話しかけてくる。 「かすみ、バンソウコウもってるよ。おかあさんがね、けがしたら、きれいなお水であらって、バンソウコウはりなさいって、いってた。おにいちゃんも、お水であらいにいこ?」 「かすみ」という子は、小さな手で、俺の手を掴み、水飲み場まで引っ張る。 「舐めときゃ、治るから……」 「だめ!ばいきん入っちゃう!あらって!」 小さな女の子に怒られてるところを高村に見られたら、絶対笑われる。 洗うまで、離れてくれなさそうだし、大人しく水で傷口を洗った。 「これで、ふきふきしてっ!」 何かのアニメのキャラクターがプリントされたハンカチを渡される。 ハンカチの端には、『ねこしま かすみ』と書かれていた。 「汚すから、いい」と断っても、「だめー!」と押し付けられる。 しぶしぶそれを受け取り、口元を押さえた。 「はいっ!バンソウコウ!」 「……ありがとう」 何を言っても許されなさそうなので、素直に言うことを聞くことにした。 バンソウコウを受けとると、何とも可愛らしい花柄のバンソウコウ。 こんなのつけて帰ったら、笑い者にされそうだ……。 しかし、かすみは満面の笑みで、バンソウコウを貼るのを待っている。 ……仕方がないので、大人しく貼ることにした。家につく前に剥がしたらいいしな。 その姿を見ると、満足したようにかすみはニコニコ笑っていた。 「あっ!おにいちゃんに、いいものあげる」 そう言って、ポケットの中から四つ葉のクローバーを取り出した。 「さっきみつけて、とっておいたの。かすみ、よつばのクローバーさがすのじょーずなんだよ」 かすみは得意気に胸をそらせて自慢した。 「……いいのか?」 「いーよ!また見つけるから!」 四つ葉のクローバーなんて、人生で一度も探そうだなんて思ったことがなかった。 「おにいちゃん、よつばのクローバーのいみ、知ってる?」 「意味?……知らないけど」 「えっとね……きぼう、あいじょう、せいじつ、こううん!おとうさんがね、よつばのクローバーは見つけようとしないと、なかなか見つからないんだって。しあわせも、おちてるものじゃなくて、みつけるものなんだって!」 幸せは、見つけるもの……。 その言葉が、自分の中で引っ掛かった。 惰性で生きてきた今までの時間が、急に惜しくなったような……。 「かすみの家は、お花屋さんだから、おにいちゃんが来てくれたら、いっぱいサービスして、クローバーのブーケ作ってあげる!」 「……ありがとう」 かすみはニコニコと屈託のない笑顔を見せてくれている。 俺もつい、微笑んでしまう。 5時を伝える夕焼けこやけの音楽がどこからか流れてくる。 「あっ5時だ!!かすみ、もう帰るね!おにいちゃん、バイバイ!もうケガしちゃだめだよー!」 かすみは走って公園を出ていってしまった。 取り残されたのは、花柄のバンソウコウを口元に貼った俺だけ。 けど、さっきまでの寂しさは、もうない。 心の中が、ほっと温かくなった。 『ねこしま かすみ』 俺はいつまでもハンカチをじっと見つめていた。 ……16年経った今も、まだ返せていない。

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