7 / 79

第7話(獅子尾目線)

〈獅子尾目線〉 公園での出会いから16年。 もう一度、かすみに出会うことができるとは思わなかった。 30歳の冬。 すっかり大人になって、表の仕事も裏の仕事も難なくこなせるようになってしまった。 仕事漬けの毎日だが、ふと、かすみからもらったハンカチを取り出してみては、あの時の出会いを思い出す。 「社長、失礼します……って、また初恋の子のことを思い出してたんですか?」 社長室に入ってきた高村は、呆れたように言った。 「えっと、かすみちゃん……でしたっけ?」 「……気安く呼ぶな」 「失礼しました」 失礼なんて、絶対思ってないような笑顔で返された。 思い出は美化されるものだが、美化されるぐらい何度も思い返している。 俺にとっては大事な思い出になっていた。 もう20歳越えているくらいだろうか……。 きっと花好きの素敵な女性になっているだろう。 会いたいと思ったことがない、というと嘘になる。 表向きは輸入会社を経営しているが、俺には極道の若頭という裏の一面もある。 (巻き込んじゃいけねぇ……) そう思い、ハンカチを通して、あの頃に思いを馳せるのだ。 「明日、取引先の会社のパーティーがあるので、準備お願いしますね」 高村は眼鏡を押し上げながら、スケジュールを確認する。 「パーティー?」 「創立25周年パーティーだそうです。招待状も来てますよ」 見ると、駅前の大きなホテルの展望レストランを貸し切って、行われるらしい。 「たまには、こういう社交的な場所に行かないと顔を忘れられてしまいますよ?」 正直、社交的な場所は苦手だ。 口下手は大人になっても治らず、なかなか人と話すことに慣れない。 「会話の練習になります」 痛いところを突いてくる。 「……分かった」 しぶしぶ了承した。 次の日、外は雪が降っていた。 駅前のホテルに行く車中、高村が俺のネクタイピンを見て、クスッと笑う。 「またクローバーのネクタイピン、つけてるんですか?顔に似合わず、好きですね。クローバー」 かすみと出会ってから、なんとなくお守りのように、身に付けている。 特に苦手なことをする時は。 そして、クローバーモチーフのものを見るとついつい買ってしまうのだ。 ……実は、かすみからもらったクローバーも押し花にして、ラミネート加工し、今も財布の中に入れている。 高村にバレたら引かれるだろうし、「初恋をこじらせすぎだ」と揶揄されそうだ。 ホテルに着くと、他の会社の社長や重役たちなど、お偉方が受付をしている。 実際は秘書がやっているところが多いが。 受付を済まし、コートを預け、会場に入る。 勢いのある会社だけあって、豪勢だ。 知った顔もちらちらいたため、挨拶されたり、少し会話したりした。 主に高村が。 俺も少しは話をしたが、なかなか会話は続かない。その度に高村のフォローが入った。 ドンと背中を誰かに押された。 「あぁ、失礼」と品の良さそうな男性に謝られた。 こちらも「いえ……」と言って、会釈をした。 これだけの人数だ。少し動いたり、注意を怠ると人とぶつかってしまう。 ホテルの従業員たちも、ぶつからないよう、縫うように動いている。 「あのっ、すみません!」 少し高い男の声で呼び止められる。 振り向くと、ホテルの従業員だった。 丸い瞳に、細めの体をした男性だった。 「ネクタイピン、落としましたよ!」 「あぁ、ありがとう」 「素敵なネクタイピンですね。クローバーですよね」 「……あぁ」 「僕もクローバー好きなんです。四つ葉のクローバー、見つけるの得意なんですよ」 男はにこりと笑った。 笑顔がかすみに似ているのと、同じような会話をかすみとしたなと思った。 なんとなく目の前の男の胸元の名札にふと目をやる。 俺は愕然とした。 『猫島 佳純』 ねこしま、かすみ? 猫島なんて、名字そうそうない。 それに、佳純……いや、よしずみと読むのかもしれない。 そんなことを考えていると、他の従業員が猫島佳純に話しかける。 「佳純(かすみ)くん、あっち手伝ってきて」 「はい!……それじゃあ、失礼します」 猫島佳純は、やはり「ねこしま かすみ」だった。 ずっと女の子だと思っていたが、実は男だったなんて……その驚きと衝撃は、パーティーが終わるまで続き、全くパーティーどころではなかった。

ともだちにシェアしよう!