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第7話(獅子尾目線)
〈獅子尾目線〉
公園での出会いから16年。
もう一度、かすみに出会うことができるとは思わなかった。
30歳の冬。
すっかり大人になって、表の仕事も裏の仕事も難なくこなせるようになってしまった。
仕事漬けの毎日だが、ふと、かすみからもらったハンカチを取り出してみては、あの時の出会いを思い出す。
「社長、失礼します……って、また初恋の子のことを思い出してたんですか?」
社長室に入ってきた高村は、呆れたように言った。
「えっと、かすみちゃん……でしたっけ?」
「……気安く呼ぶな」
「失礼しました」
失礼なんて、絶対思ってないような笑顔で返された。
思い出は美化されるものだが、美化されるぐらい何度も思い返している。
俺にとっては大事な思い出になっていた。
もう20歳越えているくらいだろうか……。
きっと花好きの素敵な女性になっているだろう。
会いたいと思ったことがない、というと嘘になる。
表向きは輸入会社を経営しているが、俺には極道の若頭という裏の一面もある。
(巻き込んじゃいけねぇ……)
そう思い、ハンカチを通して、あの頃に思いを馳せるのだ。
「明日、取引先の会社のパーティーがあるので、準備お願いしますね」
高村は眼鏡を押し上げながら、スケジュールを確認する。
「パーティー?」
「創立25周年パーティーだそうです。招待状も来てますよ」
見ると、駅前の大きなホテルの展望レストランを貸し切って、行われるらしい。
「たまには、こういう社交的な場所に行かないと顔を忘れられてしまいますよ?」
正直、社交的な場所は苦手だ。
口下手は大人になっても治らず、なかなか人と話すことに慣れない。
「会話の練習になります」
痛いところを突いてくる。
「……分かった」
しぶしぶ了承した。
次の日、外は雪が降っていた。
駅前のホテルに行く車中、高村が俺のネクタイピンを見て、クスッと笑う。
「またクローバーのネクタイピン、つけてるんですか?顔に似合わず、好きですね。クローバー」
かすみと出会ってから、なんとなくお守りのように、身に付けている。
特に苦手なことをする時は。
そして、クローバーモチーフのものを見るとついつい買ってしまうのだ。
……実は、かすみからもらったクローバーも押し花にして、ラミネート加工し、今も財布の中に入れている。
高村にバレたら引かれるだろうし、「初恋をこじらせすぎだ」と揶揄されそうだ。
ホテルに着くと、他の会社の社長や重役たちなど、お偉方が受付をしている。
実際は秘書がやっているところが多いが。
受付を済まし、コートを預け、会場に入る。
勢いのある会社だけあって、豪勢だ。
知った顔もちらちらいたため、挨拶されたり、少し会話したりした。
主に高村が。
俺も少しは話をしたが、なかなか会話は続かない。その度に高村のフォローが入った。
ドンと背中を誰かに押された。
「あぁ、失礼」と品の良さそうな男性に謝られた。
こちらも「いえ……」と言って、会釈をした。
これだけの人数だ。少し動いたり、注意を怠ると人とぶつかってしまう。
ホテルの従業員たちも、ぶつからないよう、縫うように動いている。
「あのっ、すみません!」
少し高い男の声で呼び止められる。
振り向くと、ホテルの従業員だった。
丸い瞳に、細めの体をした男性だった。
「ネクタイピン、落としましたよ!」
「あぁ、ありがとう」
「素敵なネクタイピンですね。クローバーですよね」
「……あぁ」
「僕もクローバー好きなんです。四つ葉のクローバー、見つけるの得意なんですよ」
男はにこりと笑った。
笑顔がかすみに似ているのと、同じような会話をかすみとしたなと思った。
なんとなく目の前の男の胸元の名札にふと目をやる。
俺は愕然とした。
『猫島 佳純』
ねこしま、かすみ?
猫島なんて、名字そうそうない。
それに、佳純……いや、よしずみと読むのかもしれない。
そんなことを考えていると、他の従業員が猫島佳純に話しかける。
「佳純 くん、あっち手伝ってきて」
「はい!……それじゃあ、失礼します」
猫島佳純は、やはり「ねこしま かすみ」だった。
ずっと女の子だと思っていたが、実は男だったなんて……その驚きと衝撃は、パーティーが終わるまで続き、全くパーティーどころではなかった。
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