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第12話
応接室に入ると、棚の上に見覚えのある花が飾ってあった。
それは、高村さんが買っていった黄色の花束だった。
僕の店の花を、お客様がどう生けてくれているのか見る機会がないので、僕にとってはとても新鮮だった。
「やっぱり佳純さんって、花を見てるときすごく嬉しそうだよね」
「そうかな?でも、飾ってあるとついつい見ちゃう。職業病みたいなものかも」
そんなことを話していると、とんとんとドアをノックする音が聞こえ、高村さんが入ってきた。
「すみません。お待たせしてしまって……って、何で小野くんまでいるんですか?」
「俺は佳純さんが困ってたから、ここまで案内してあげたんですぅ」
「そうですか。だったら、もう帰ってもらって大丈夫ですよ」
「えー、俺も佳純さんと一緒にいたいなぁ」
小野くんは唇を突き出して、いじける。
高村さんにも変わらない態度で、小野くんは本当に肝が据わってるなと驚いた。
「……小野くん、会社は仕事をしに来るところです。遊びに来るところではありません。そんなにここにいたいなら、今から全フロアの窓拭きをしてもらいますよ?」
「帰ります!佳純さん、またね!」
高村さんの笑顔に小野くんは態度を180度変えて、颯爽と帰っていった。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ……っ」
「社長室へご案内します」
高村さんに連れられて、奥の『秘書室』と書かれた部屋を抜けて、更に奥の『社長室』の前まで来た。
すごく今さらだけど、緊張してきた。
しかも、着てきた服はパーカーとジーンズというすごくラフな格好で、少しはちゃんとした服で来たら良かったと後悔した。
「失礼します」と高村さんがドアを開けると、社長さん……獅子尾さんが、窓際の花を触っていた。
僕はその花が紫と白のトルコキキョウであるのとに気づいた。
いつだったか高村さんが社長室に飾ると、僕の花屋で買ったものだった。
獅子尾さんがドアの方を振り向き、僕に気づくと目を見開き、驚いていた。
「な、何で、佳純が……?」
「あっ、こんにちは!」
僕は慌てて、挨拶をする。
高村さんは「社長、呼び捨ては失礼ですよ?」とニコニコしながら注意する。
「社長、今日は佳純くんに契約金の半分を渡す約束しまして、今日来て頂いたんです」
「……そうか」
「さ、佳純くん。座ってください」
「し、失礼します」
高村さんに促され、ソファに座る。
思った以上にふかふかしてて、お尻が沈む!
「用意させてもらいますので、少々お待ち下さい」
高村さんは一旦部屋を出てしまい、僕は獅子尾さんと二人きりになってしまった。
相変わらず、獅子尾さんは窓際の花を見てて、僕も何を話そうか、頭の中でグルグル考えた。
「この花……」
獅子尾さんは花をさわりながら、僕に話しかけてきた。
「はいっ」
「何という花だった?」
「あ、トルコキキョウという花です!」
「トルコキキョウ……トルコの桔梗なのか?」
「いえ、原産地はアメリカなんですけど、蕾や一重咲きの花びらがトルコ人のターバンに似ていることが由来なんです。ちなみに、実は桔梗じゃなくてリンドウの仲間なんです」
「ずっと桔梗だと思っていた……。佳純くんはすごいな」
花を触りながら、薄く笑う獅子尾さんは……何というかすごくかっこよくて、映画のワンシーンみたいに様になっていた。
僕が獅子尾さんに見とれていると、ノックの音が聞こえ、高村さんが紙袋を持って現れた。
その後ろから、女性の秘書さんだろうか、とても美人な女性がケーキと紅茶を運んできてくれた。
「おやつ時ですので、少し食べながら話をしましょうか」
高村さんは穏やかな笑顔で僕に笑いかけ、獅子尾さんも僕の前に座った。
女性は一礼して、出ていってしまった。
イチゴのショートケーキだ。
僕は甘いものが大好きで、ケーキも好き。
「すごく美味しそうですね!どこのケーキ屋さんのですか?」
「確か駅前の……『クレッシェンド』というお店のものだったかと」
「え!?あそこ、すごく並ばないと買えない人気店ですよね??買えたなんてすごいっ」
僕はもう一度、ショートケーキを眺める。
「すごいですって、良かったですね。社長?」
「え?」
僕は獅子尾さんの方を見ると、獅子尾さんは顔を真っ赤にしていた。
もしかして……並んで買った?
「並んではない」
「あそこのお店は出店資金を出したことがあって。時々お願いして取っておいてもらってるんです。こう見えて社長は甘党なんです」
「え!?じゃあ、僕がもらっちゃダメなんじゃ……」
「いい。まだあるし、俺も食べる」
「私は甘いものは苦手なので、紅茶だけで大丈夫です」
僕はお言葉に甘えて、一口食べてみた。
甘すぎず、すっきりとした生クリーム。
スポンジも柔らかくて、美味しい!
イチゴも甘酸っぱくて、生クリームとの相性も抜群だ。
「美味しい……!」
さすが人気店のショートケーキだな。
僕はペロリと一息にショートケーキを食べてしまった。
「ご馳走さまでした!」
高村さんは、ふふっと笑った。
「佳純くん、口にクリームが付いてますよ」
「え!?ど、どこですか?」
僕が慌てて口の周りを触っていると、獅子尾さんが突然、身を乗り出して、
「ここだ」
と指でクリームを取った。
暫し、三人の間に沈黙が流れる。
その間に段々と獅子尾さんの顔と僕の顔が赤くなる。
ただ一人、顔色の変わらない高村さんは「はい、ティッシュ」と獅子尾さんにティッシュを渡した。
「あの、ごめんなさい!僕、ケーキ久々に食べて、嬉しくて……子供みたいにっ、ごめんなさい!」
「いや、俺も急に……悪かった」
「二人とも真っ赤っかですよ」と高村さんは笑っていた。
少し、落ち着いてから、高村さんは紙袋を渡した。
「鞄と迷ったんですが、紙袋の方が大金が入っているように見えないかなと思いまして……。ところで、佳純くんは今日どうやってここまで?」
「バスで近くまで来て、バス停から歩いてきました」
「高村、車出せ」
獅子尾さんが高村さんに命令する。
「分かりました」と高村さんは車の手配をしに秘書室に戻った。
「あ、僕バスで帰るから大丈夫です」
「駄目だ。危ないから車で帰れ」
有無を言わせない威圧感に、僕は小さく「……はい」というしかなかった。
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