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第15話
昨日買ったベージュのカーディガンに袖を通し、店のカウンターの椅子に座って、僕はそわそわしていた。
何度も時計をちらちら見てしまう。
昨日、ショッピングモールから帰ると、スマホが鳴った。
見ると、画面には『獅子尾 望』と表示されている。
僕は慌てて、電話に出る。
「あっ、もしもし!」
『……もしもし、今大丈夫か?』
うぅ……耳元でそのバリトンボイスで囁かれると、何だか顔が熱くなる。
「は、はい!大丈夫です」
『明日なんだが、10時に迎えにいってもいいか?』
「はいっ、10時で大丈夫です」
『……楽しみにしてる』
短い言葉だし、何だかぶっきらぼうな感じだけど、あの少し照れたような顔で言ってくれてるのかなと思うと、少し面白かった。
「僕も、楽しみにしてます」
『それじゃ……また明日』
「はい、また明日」
電話を切って、ふあ~~っと息をついた。
電話でこんなに緊張するんだ。
明日、獅子尾さんに会って、僕、もつのかな?
そんな不安を少しだけ抱えながら、迎えた今日。
もうすぐ10時だ。
手に持っていたスマホが震える。
電話に出ると、『……もしもし』と声が聞こえる。
「お、おはようございます!」
『おはよう。店の前に着いた』
「行きますっ」
電話を一旦切り、店を出ると、青いスポーツカーの隣に立っている背の高い男性、獅子尾さんが見えた。
いつものスーツではなくて、私服。
黒のポロシャツに白のズボン。結構ラフな格好で少しほっとしたし、高村さんと同じくらい新鮮だ。
獅子尾さんがこちらに気づいた。
「おはようございますっ。すみません、わざわざ迎えに来てもらって……」
「おはよう。構わない。乗ってくれ」
「失礼します」
助手席に乗り、獅子尾さんも運転席に座る。
会場はここからだいたい一時間くらいのところで、アリーナを貸しきっているらしい。
それにしても……
「…………………」
会話がないっ!
気まずい……!
どうしよう……何か話した方が良いかな?
でも、運転してるし、気が散るかな?
こういう時、小野くんのコミュニケーション能力を羨ましくなる。
す、少しくらい話した方がいいよね。
何か話題ないかなと、辺りに目線をさ迷わせると、バックミラーの所に四つ葉のクローバーのストラップが付けられていた。
「獅子尾さんって、クローバー好きなんですか?」
獅子尾さんはちらりとバックミラーのストラップを見て、少し照れたように「子供っぽいだろ」と呟くように言った。
「クローバーって幸福の象徴だから、素敵だと思います!」
「そうか……」
獅子尾さんは薄く笑う。
そんな何気ないしぐさも絵になるからすごい。
「お守りなんだ」
「え?」
「俺は……その、こういう外見だから、昔からよく怖がられてな。口下手で、話も面白くないし。……昔、怪我した俺を元気付けてくれた子が、四つ葉のクローバーをくれてな。それ以来、緊張したり、苦手なことをするときは、クローバーを身に付けるようにしているんだ」
へぇ……それでかぁ。あれ?っていうことは……
「……緊張、してるんですか?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
獅子尾さんはその質問に一瞬固まったけど、ゆっくり頷いた。
なんだ、緊張してるのは獅子尾さんも一緒なんだ。
「……ふふっ」
「どうした?」
「いや、獅子尾さんも緊張してるんだなって思って……。僕も朝から緊張してたから」
「そうか」
ぶっきらぼうだけど、ちらりと横を見ると、獅子尾さんは少し微笑んでいた。
社長室で花を触っていた時の顔と一緒だ。
やっぱり俳優さんみたいだな。
そこからは、少しずつだけど会話も続き、会場に着いた。
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