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第17話(獅子尾目線)

〈獅子尾目線〉 フラワリウムに佳純を誘った日から、俺はそわそわしっぱなしだった。 会社でもぼーっとして、高村の話を左から右へ受け流して、怒られた。 「しっかりしてください 」 「しっかりは、してる」 「してません」 高村くらいだ。 こんな風にばっさりと俺に物申せるのは。 約束の前日。土曜日の夜は、なかなか寝付けなかった。 よく、遠足の前の日は楽しみすぎて眠れないなんて言う。 俺は遠足も修学旅行もそれほど楽しみではなく、むしろ少し面倒くらいに思っていたくらいなので、前日も当日もぐっすり眠れたのだが、今日は駄目だ。眠れない。 初めは、花屋で元気に働いている佳純の姿が見れたら、それで満足だった。 けど、親が亡くなったこと、借金を抱えていること、佳純が影で苦しんでいることを知った。 遠くで見つめていればいるほど、近くに寄り添いたくなる。 何か助けになりたいと思う。 これが、好きという感情なのか。 「佳純……」 佳純は俺の顔を見ても、何も言ってこなかった。 忘れてるんだろう。 そりゃそうだ。初対面じゃないと言えども、ほんの少ししか話をしてないのだから。 そう頭で理解していても、佳純が忘れていることに切なさが募る。 俺はベッドに体を沈みこませ、目を閉じた。 スマホのアラームが部屋に響いた。 結局、あまりよく眠れなかった……。 ベッドからノロノロと起き、身支度を整え、軽く朝食をとる。 朝食と言っても、トーストと野菜ジュースくらいだが。 そういえば……小野が『佳純さんの手料理食べてきちゃいました♪』ってメールをもらったことがあったな。 正直、めちゃくちゃ羨ましい。 俺も食べたい。 とりあえず、今度小野に会ったらシメる。 時計を見ると、いい時間だったので、車のキーと小さなバックを持って、出掛けた。 高層マンションの最上階から直通エレベーターで駐車場に行き、車に乗り込んだ。 しばらく走り、佳純の店の近くに着き、電話をする。 「……もしもし」 『お、おはようございます!』 「おはよう。店の前に着いた」 『行きますっ』 店から出てきた佳純は、ベージュのカーディガンを着て、カバンを斜め掛けして出てきた。 ベージュという色が何となく、佳純の柔らかい印象に合ってて……、ふわふわしているであろうカーディガンごと佳純を抱き締めたい。 いや、抱き締めたら、引かれるだろうけど。 佳純に車に乗ってもらうが、 「…………………」 会話が、ない。 話したいことが無いわけでない。 それこそ、小さい頃出会った話もしたかった。 『実は、俺たち昔会ったことあるんだ』と切り出すか……。 いや、その切り出し方は、どうなんだ。 引かれるんじゃないのか? 俺がずっと会話について悩んでいると、 「獅子尾さんって、クローバー好きなんですか?」 と佳純の方から話し掛けてくれた。 これはチャンスだ。 それとなく、クローバー好きになったこと伝えたら、思い出してくれるかもしれない。 「……昔、怪我した俺を元気付けてくれた子が、四つ葉のクローバーをくれてな。それ以来、緊張したり、苦手なことをするときは、クローバーを身に付けるようにしているんだ」 「緊張してるんですか?」 佳純の思わぬ返答に、俺は墓穴を掘ったことに気づいた。 しかも、何も反応がないということは、本当に佳純は忘れているらしい。 「……っふふ」 「どうした? 」 「いや、獅子尾さんも緊張してるんだなって思って……。僕も朝から緊張してたから」 佳純の照れたような微笑みに、俺は胸の辺りが暖かくなるのを感じた。 「そうか」 今はまだ、気づかれなくてもいいかもしれない。 いつか、必ず言おう。 フラワリウム展に着くと、主催者と花園というアートディレクターに挨拶した。 花園って確か、 花屋もやっているんだったな。 確か、セレモニーホールの専属契約の候補に入っていたはずだ。 ……俺の独断で佳純の花屋に決めたけど。 まぁ、こんな大きな展覧会を任せられるくらいなのだから、うちの専属契約がなくても大丈夫だろう。 二人と別れ、入場列に並ぶ。 意外と早く入場できそうだが、この行列は本当にすごい。 列が動くと、佳純は人波に押され、俺の胸にぶつかった。 「ご、ごめんなさいっ!」 佳純は慌てて、謝ってくる。 顔を赤くして、可愛らしいな。 「人波に流されそうだな……俺に掴まってもらっても構わない」 さりげなく、ボディタッチを促してみた。 「え!?」と佳純はかなり驚きながらも、どこに掴まろうか迷っているらしい。 そして、 「失礼しますっ!」 ……俺の服の裾を掴んできた。 「……そうきたか」 まだまだ俺が望む関係には、遠そうだ。

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